ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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あの夜とつながる


こんばんは。
massunです。

平日の夜は、瞼が重たいです。


震災後、
電気がなくなることへの不安に、
停電の心細さに、
東北、関東地域は包まれたような気がします。

電気が来ないことで、
医療機関などでは命の危険もあり、
また、仕事がストップしてしまうところがほとんどでした。

やっぱり電気は必要だよね。

では、電気をどうつくろう?
原発?それとも自然エネルギー?という議論が続いています。


その議論に加わりながらも、
一方で別の角度から見ている自分がいます。


それは、あの日の夜。

インドの森で過ごした日の夜のことです。


私は、
電気が通らない、
牛フンの壁で出来たある家で夜を過ごしていました。

日が暮れて、真っ暗な中、少しの灯りで食事をし、
人の声や動物の声がかすかに聞こえる中、
植物でできた寝床で眠りにつきました。

その村は少し前に、
全村が火災で焼け尽きたと聞きました。

しかし、その話が嘘のように、
植物や、牛のフン、
少しの石などでできた家で、
ひとつの村ができていました。

子供がたくさんいました。

学校もありました。


そんな日を過ごした私は、

電気って本当に、絶対になければいけないものなの?

という視点を確かに、実感としてもっています。


先日のミラ会で、

「今の若い世代は、電気のない暮らしを知らないから、
電気がないことが想像できないのでは?」

という、親の世代(より少し若い方)からの意見がありました。


洗濯機ではなく、洗濯板で洗濯していた時代のことを、
確かに私たちは知らないかもしれない。

けれど、

日本人に生まれて、

インドの森とつながることの出来た幸運を、

私はしっかりと噛みしめたいと思う。


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  1. 2011/04/25(月) 23:36:51|
  2. まっすんの寝言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

私が幼稚園の頃は 洗濯機も冷蔵庫も無かった。
テレビは白黒。クーラーなんて無いし…。 そんな生活でも困らなかったけどね。便利さと 放射能の怖さと 比べられるものでは無いと思うのだけど、なかなか 脱原発とならない社会がわからない。
  1. 2011/05/01(日) 17:56:54 |
  2. URL |
  3. Sanae #-
  4. [ 編集]

sanaeさん

sanaeさん

いつもコメントありがとうございます。
最近の夏の暑さは異常なのかもしれませんが(人間活動が原因だと思いますが)、
夏の計画停電に向けて、冷蔵庫や冷房がなくなることへの心配を、
大半の人がしているように思います(メディアもそれをとりあげます)。
しかし、冷蔵庫も洗濯機もない時代を知っている人も多くいるのに、
それっておかしいなぁと思います。
もっと昔の知恵を学びたいです。

また、インドの暑さは、日本の夏の暑さの比ではないです(笑)。

私は暑いのがとっても苦手ですが、もっと、何か方法があるのではないか…と思います。
  1. 2011/05/03(火) 15:22:26 |
  2. URL |
  3. massun #-
  4. [ 編集]

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