ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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心の自然治癒力



今日、親知らずを抜きました。


歯を抜くのは、高校生の時ぶりで2回目。

あのときは、鼻水とよだれでだらだらになりながら、「死んだ方がまし~」と部屋でうめいていて、

末の妹に「あのときのお姉ちゃんは怖かった」と後で言われたほど、正気を失う痛さでした。



あれから10年たらずの間ずっと「歯はもう抜かない」と決めていたのに、

なぜか先日、「抜いてください」と私の口は言っていました。

しかも、初対面の歯医者さんに。


抜いた歯を見て、歯医者さんとビックリ。

まっすぐ生えていると思ったら、根の先の5ミリぐらいが曲がっていました。


歯を抜くことを宣言してから、1週間。

顔の右側面にできものがいくつかできました。

蜂に刺されたか?と思うぐらい大きいものも。

リンパも腫れ、右側全体が腫れてきて、親知らずの最後の抵抗か、

もしくは、抜くと決めたことで、身体が毒素を出してくれてるのかなと思いました。


そういや、今まで身体の右側ばかりケガをしたり、腰痛だったり、できものができたりしていたような・・


歯を抜くことで、身体のバランスも良くなったらいいな~と考えながら、歯医者に向かいました。





最近、自分の中で起こることに少し敏感になってきたように思います。


それは、職場でメンバーの日に日に変化する心模様を見させてもらっていて、そこに沿うことで自分も気づきを得るからというのもあると思うのですが。


去年の夏に人生で初めてセラピー(自分の感情や身体の旅をするカウンセリングのようなものです)
を受けました。


職場でも心理療法の研修に行かせてもらったり、自分でもセミナーに参加させてもらえる機会を得、
意識的に自分の気持ちに向き合うようになってきました。


心理療法や、精神療法、瞑想法、東洋医学の療法・・・

どう括ったらいいかわからないですが、
まだ知らないたくさんの、自身(病も含めた全体)と向き合う方法が考えだされている世界。

私はまだ足を半歩も踏み出せていないかもしれません。


そんな状況で、何を言ってもとも思うのですが、


「絶対に、確実に、人の心や身体を治す方法」

というものは、

無いんじゃないかと思っています。



あえて言うのであれば、

自分自身。

自分自身も、「治す」のではなく、病を経験した心や身体を、ケアし、生かすということしかできないかもしれません。

経験したことは、抹消できないし、決してそれ以前の心や身体には戻らない。

じゃあ、どのように自身の蓄えとして受け入れていくのかということなのでは・・と私は思うのです。


ちなみに、時に起こる「奇跡」というものも、その人自身が引き起こしたことだと私は思います。



「病はから」とか「の持ちよう」という言葉は、ものすごく奥深い言葉なのではないでしょうか。


それは、その人が生まれてきてから、どのような環境や価値観のもとで成長し、

様々な情報や知恵、ストレス、経験をどのように自身の中で消化吸収していったかという

その人の人生においてしてきた蓄積すべてがその「」とか「」だからです。


怒られたり、悔しかったり、悲しくても我慢強く耐えてきた人と、

誰かの胸の中で泣いていた人と、

言葉で表してきた人と、

相談する人がいた人と、

暴れてきた人と、

食べまくってまぎらわした人と・・


その時その時で対処の仕方は、違っていたかもしれないけれど、

自分が辛くなったとき、初めてのことをするとき、何かを学んで嬉しいとき・・

あらゆる出来事を、どんな風に自分の中に降ろし、溜めてきたのかで、

自然にこういうときはこうしたら、気持ちが楽になるという術が誰もに身についているんだと思います。



職場や、近所の方たちとお付き合いさせていただいて、心底思うのが、

55歳以上の女性、60歳以上の男性の「働き者っぷり」。(年は独断です)


たとえば、朝4時頃起きて、畑や牛の世話をして、お昼からは職場でメンバーと農作業をし、翌朝まで当直勤務、
帰ってからも陽が暮れるまで畑をうなう。


この暑さの中で若者は、暑気受けし、食欲減退、頭もぼーっとして、出来れば昼寝しながら無理なく過ごしたい・・・
と、いうことを思っても、まさか言えない、2周り以上年上の人たちがこんなに汗を流して元気でいるのに。


これも1つ、これまでの積み重ねが原因だと思います。

暑さだけのせいにしてはいけない。


彼らは、身体も動きますが、やはり、精神的なたくましさもあります。

どこか弱さを見せない意地のようなものも感じられますが、それも彼らの働きっぷりを支えているところだと思います。


すべてが、生きるため。

家族を生かすため。

なのかもしれない。


みな、農家だったから。


それに必死になってきた経験があったり、周りの大人がそうだったことが活かされているのかもしれません。


最初は、世代の違いかなとも思いましたが、これは生まれ育った文化の違い。


そして、便利になって、ものや情報が溢れて、人間が動かなくても良くなってきている社会に生まれた人たちが増えれば増えるほど、働き者たちは、この日本から減っていきます。

それは、日本人が引き起こした自然の流れ。


でも、働き者じゃない人が、働き者にならなきゃいけないわけではないと私は思っています。


みんなが同じだけ働くことが求められて、そうじゃないと怠け者って言われる社会ではなく、

その人その人の得意なことや、できることが活かされて、それぞれが補い合って、

1人1人が必要な存在として、そこに居ることが許されるような、

そんな社会や職場であればいいのではと思います。



1人1人が、意識的に変わろうとしていけば、変わります。


変わる方法も、ヒトノカズダケ。


私は、そう信じています。




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  1. 2010/08/25(水) 17:38:02|
  2. kurehaの独り言
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