ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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生命はその中に欠如を抱く


「やらなきゃいけないことなんてないよ」

2007年の冬、山形の温泉で、友人に私は確かにそう言った。


その後も、他の友人に同じことを言った。
何も考えずにまっさらな自分に戻ったらいいという願いを込めて。


1年前、初めて親元を離れ、茨城に越して仕事をしながらパートナーと一緒に暮らしてみて、自分が「やりたいこと」と「できること」の境目が、
理想と現実の境目が、
まったくわからなくなった。
疲弊した。

そして、そんな自分に、

「やらなきゃいけないことなんてないんだよ」

と彼は言った。

涙が溢れた。


この1年、思ったより寂しさはなかったし、東京での生活の息苦しさからは自由になったが、その分、自分という生の人間と向き合わざるをえない時間が非常に増えて、辛かった。

等身大の自分の何もできなさは、これまでも思い知ってきた。

それでも、大学時代、卒業後の半分学生をしていた計6年間で出会ってきた人や場所への敬愛の気持ちを大事に持ち続けながら、自分をごまかすことなく生きていけば、何かひとつでも自信を持てることが出てくるだろうと思っていた。思っている。

全身に感じるこの「いつかできるようになるだろうけど今はできない感」。

無力感とは違うやりきれなさがある。

けれど、かすかな希望もある。

そして、きっとその感じを持ち続けながら、「今、できること」をさがしまくり、手の届くところからやっている。
半ば、がむしゃらである。



これまで、違う!と思って離れてきた場所もある。

でも、今居る場所はどんなに違う!と思っても、離れたくない。
ここで、自分も成長したいし、ここに一緒に居る人たちと共にソーシャルワークを実践していきたい。

今は、そういう想いでいる。


これまでは、
共感できることばかりに心惹かれ、そちらの方へとからだを向けて、
違和を感じることには、世界、そして人間の矛盾を覚えながらも何もしてこなかった。


しかし、違うことを受け入れ、喜び合うというすばらしい奇跡を、人間ができることも知っている。



この1年は、とにかくメンバー1人1人と向き合い、かかわっていくことに力を注いできたつもりだ。

メンバーとの信頼関係が育めれば、スタンドプレイヤーでも、受け入れてもらえる―。
と、自分の生き方を変えることなく、過ごした1年。


そりゃあ、辛いよ。自分が変わらなきゃ。

書いていて、そう思えてきた。


人は、変わる。

「人間はつねに生まれかわりうる可能態である」
と、恩師も書いている。


変わりたいと思うところと、変わりたくないと思うところをはっきり自覚して、また1年、やっていこうと思う。


前回の記事と連続なので、引用はしないが、吉野弘の「生命は」という詩をさっき、職場の先輩がメールで教えてくれた。

愛のこもったエールとして受けとった。


この先輩は、よく「折り合いをつける」という言葉を使う。

私は、この言葉を「妥協し合って和解する」という意味に近いと感じていたのだが、ぜんぜん違った。


ある夜、高校の現代文の教科書を何気なくめくっていたら、「折り合いをつける」に赤線が引かれ、「共存する」と17歳の私は書いていた。

自立と共存は、永遠のテーマだ。



話は変わるが、大学3年の頃、進路を決めるあたりから「現場」を大事にしたいと思う気持ちを優先して今が在る。

しかし、「運動」をすることで、仲間もでき、活力も沸いてくるのではという想いがある。

「運動」というと、硬い表現だが、つまりは、ソーシャルアクションである。

現場で働くことがそこにつながると考えていたが、
悔しいかな、力不足の自分は現場だけだと消耗していくため、
やはり、現場でのソーシャルワークと、その現場を支え、活かし、活かされていくべき社会へのはたらきかけをして、エネルギーのバランスをとれればと考える。

具体的なことは何も定まっていないし、そもそも、はたらきかける以前に、今いる社会を客観的に捉えられていない。
ただ、そういう気持ちを今、ここに書いておきたいと思った。


このヒトノカズダケという場も、少なからず私のソーシャルアクションの場。

今年はもう少し、表現し、つながっていくためにも、この場を大事にしたいと思う。



では、最近のミラの様子を最後に。

mira201002
2月の食卓。
保育園で食事を作るぼんちゃんの友だちがおいしくて優しい料理をつくってくれた。


mirapan4
毎週金曜と土曜にオープンしているまあるいぱんやの外観。

mirapan2
同じく、中の様子。

mirapan3
パンのほかにもいろんなクッキーやビスケット、スコーンをつくっている。

おいしくて、やさしくて、救われる。

そんなぱんがミラでつくられている。

それを想うと、気持ちが安らかになっていくから不思議だ。





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  1. 2010/04/12(月) 23:41:43|
  2. kurehaの独り言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<いのちは満たしあうもの | ホーム | 祝婚歌>>

コメント

「まあるいぱんや」へは わたしよりだんなさんの方が通っております。パンはもちろんおいしくて大好きですが、 ぼんちゃんもすてきで 夫婦してファンになってしまいました。
がんばっていますよね。応援してます! こみけん母
  1. 2010/04/14(水) 19:17:55 |
  2. URL |
  3. Sanae #-
  4. [ 編集]

sanaeさんへ

まあるいぱんやの店主、ぼんちゃんに伝えておきました!

わたしも、ぼんちゃんには初めて京都に会ったときに一目惚れしました。

凛としていて、でもぽーっとしていて、素敵な女性です。

わたしも応援しています!

あと、週末、こみけんとゆっこちゃん、お孫さんの葉菜ちゃんにも初めて会ってきます。

  1. 2010/04/21(水) 01:12:01 |
  2. URL |
  3. KUREHA #-
  4. [ 編集]

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