ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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真っ白い靴


奄美大島に行ってきた。遠くはあるが、私のルーツのある島だ。




3年前、沖縄からの3日に1度の船に寸でのところで乗り損ねて行けなかった悔しい思い出がある。必ず、訪れようと思っていたあの島への旅で、最後の夜に日記に書きとめたことを、奄美の写真と共に記したいと思う。

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この旅は、新しい場所での新たな出会いのためでもなく、レジャーのためでもなく、修学旅行でもなく、この1年間を振り返るための旅になる。

そうしなければならない。そうしないと、うまく前に進めない。
そう予感して、病棟で履いていた真っ白なVANSのスニーカーを履いて、早朝まだ日も昇らぬうちに、勇んで羽田空港に向かった。

階段や、段差などで目線を下げるたび、思い出される真っ白な日々。


ちょうど一年間、初めて週休二日で働いた日々は、私の日常になることはなく、その間の私はずっと、非日常の傍観者であったように思う。

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先月、仕事納めの日に、この1年で私に残ったものはなんだろうと振り返ったところ、患者さんからいただいた一通のお礼の手紙と、患者さん同士で分け合ったバレンタインのチョコレートを餞別にといただいたものだけだった。

ただ、
「秋山さんが就職する病院に俺たち患者もみんな転院するよ。みんな、ここじゃ治らないから。」
「あなたの笑顔でなんとか長い入院を乗り切れたよ、ありがとう。」
「いつも良く動いていて大変そうだね。手伝うよ。」
など、患者さんからもらったことばや想いは、数限りなく、心に刻まれている。


しかし、あそこで知り合った人たちの名前や顔、姿が私の記憶から私の意志にかかわらず、、日に日に薄れ、消えていく。もうどこを探っても見つかりはしないように跡形もなく。

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病床数600床を越える大規模都市型の精神科単科の病院の、急性期閉鎖病棟。


あの場所での、私の仕事は、なんといえばいいか、しんどさの全くないかかわり合いだった。


目の前の人は、苦しみ、暴れ、自分や他者を傷つけ、泣き喚く。また、一方では、すべての辛い感情を凍てつかせて感じないようにしたり、妄想によって隠している。自分が壊れてしまわないように。


それなのに、「しんどさの全くない」かかわりあいとは、なんだろうか。


なんなんだろうか。

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どこまでいっても、管理する側とされる側。

とても従順で、患者の役を演じていなければ、そこに居る資格がないかのように観られる薄気味悪い世界。


私が、茨城に移り住む理由の一つに、一人の人の存在を知ったことがある。


その人の言葉を借りるならば、

「今や医療や福祉は、内容は別として隅々まで次々と制度化され、多くのマニュアルが備えられ、関わる人は専門職として資格化されて、アメニティという言葉で精神科病院はホテルのような快適な治療環境を競い、ノーマライゼーション・社会復帰・社会参加・自立支援・ソーシャルインクルージョンなどと理念が声高に謳われる。〈中略〉
職業的良心に溢れた(いや、知らぬ間に毒された?)資格者が患者さんに『出会う』ことは、かえって難しくなっている」

という状況に近い。


しかし、実際に働いてみて接した非人間的な看護者側の姿勢や態度を考えると、現実はもっと深刻であり、想像以上に差別的であった。

ナースステーションで看護側が、患者さんに対して(患者さんとはガラス1枚隔ててあり、聞こえないとはいえ、表情や目線は敏感に感じとっているだろう)、「気持ち悪い」「あんな人が同じ町に住んでたら、怖いよね」「MR(意:精神遅滞)だから低いのよ、話してもわからない」などと看護者同士で話しているのを聴いたり、話しかけられたりするたびに、目頭が熱く、拳が固くなった。


患者に対してだけではなく、看護者同士でも「臭いものに蓋」をする、異質なものは徹底的に排除する姿勢は、根強かった。

だから、ほとんどのスタッフは、自分の身の内や、思っていることを口にしないように、表面的にはケアし合いながら仕事をこなしていた。


それでも、半年近く一緒に働くと、不思議なもので情も湧くし、いいところや悪いところ、いろんな面を観ることで、一人一人の人間としておもしろみを感じるようになる。

また、思想や、哲学を表に出さずにいる看護師や精神保健福祉士が、患者を地域に帰している姿を観て、考えていることがかろうじて自分を保っていることに情けなさを感じた。


そうなると、頭の中は複雑になり、看護者側をただ嫌悪することもできなくなってくる。

ただ、今の自分を問い続けること
目の前の人から決して目を逸らさないこと
この二つを、自分と結ぶことができたのは、あの場所での真っ白な日々があったからかもしれない。

 
この1年間の日々によって、前に比べると自分や周りの世界を落ち着いて眺めることができるようになったと思う。

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自らを拓けない場で働くということは、向き合って考えると苦痛であり、耐え難いことではあるが、自らの選択の上で、大きな組織の中で患者を管理する側に立ち、非正規で働くという自己矛盾にさらされたこの1年は、一方向から見える世界を頑なに信じようとしていた以前の私をおおらか且つ冷静な眼で見つめる日々となった。


そのような日々によって、‘わからない’と感じること(安易に答えを出してしまわずに、問い直し、向き合いなおすべきだと感じること)が増幅したのは確かだが、頑なに信じたり、貫いたりするよりも、それが私の等身大であり、すべてだと思うようになった。

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以前、実習をしていた陶芸などを作業としている精神障害者の作業所で、

「精神病には興味があるの?」

と、慕っていた施設長に尋ねられたことがある。もう実習も終盤を迎えた頃だった。

私は、「何を聞いているんだ?この人は。」と一瞬思ったが、少し考え、答えた。

「いえ、人間に興味があります。」


病気で苦しんで辛い思いをしている人からしたら、頼りがいなんて全くないし、ふざけているんじゃないかと本気で怒られるかもしれない。

でも、これが本心だ。


ついでに付け加えると、
大阪西成区の釜が崎で30年ものあいだ、ボランティアで日雇い路上生活者のケースワークをしている入佐明美さんには、

「あなたは自信がないのね、自分に自信がない人に誰がついていきますか。身寄りも住むところもなくて食もなくて、とても心細い思いをしている人たちが、自信のないあなたなんて頼りにすると思う?」

と言われたことがある。



私は未だに自信なんてこれぽっちもない。


こんな、頼りない私の背中を、身近にいる仲間や、たくさんのこう在りたいと思える生き方をしている人たちが、支え、押し出してくれようとしている。


この見えないバックアップが、私の唯一の誇りだ。



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奄美大島の森の中を歩いても、簡単には汚れなかったあの白い靴。

あの日々を記憶から失ってしまわないように、捨てずに履いて、これからの日々で大いに汚していこうと思う。


南インドでアデヴァシーと出会い、日本で難民や日雇い労働者、路上生活者と出会って、生き方を問い直し、つかんだ職は、私にとって一生涯の軸になっていくはずだ。


茨城の北の山間の町に移り住み、さまざまな人にもまれながら、這い蹲るようにして、少しずつ自らの身体で歩んでいきたい。

ありがとう さようなら こんにちは






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  1. 2009/03/10(火) 21:24:44|
  2. kurehaの独り言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
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コメント

茨城に行くんだねー!
俺は来年から栃木県だわ。

日本の田舎で学ぶことはやっぱり大きいよね。
自分は、社会人としての一歩を、自分の生まれ育った故郷で、
またもう一度、地域の人々から教えてもらえたらと思ってるよ。

お互い、がんばろうね!!

VIVA! JOURNEY!!
  1. 2009/03/13(金) 14:16:57 |
  2. URL |
  3. ツトム #-
  4. [ 編集]

お互い


ツトムは足利、私は大子町で、それぞれ地に足つけて踏ん張って歩こう。

たまには、近況報告し合いながら、励ましあって。


素敵なお医者さんになりますように。

期待してるよ。


また会おう!!

  1. 2009/03/14(土) 00:49:25 |
  2. URL |
  3. KUREHA #-
  4. [ 編集]

http://negimaki.jugem.jp/

せんじつはありがとう。
そしてここではこんにちは、はじめまして。
リンクを張りにやってきましたよ。こちらはあまり大したものではないけれど。


これからのあなたの日々が良きものであることを、
オテントサマだとかオツキサマだとかにこっそりお祈りしております。

ひとまず、「風の強い日、おめでとう!!」


  1. 2009/03/18(水) 08:32:41 |
  2. URL |
  3. ワタナベヒトシ #-
  4. [ 編集]

風の強い日

やっぱり、おめでとう

って書いたんでしょうか。


このあいだは、ミラに来ていただいて感謝です。


表には出さなかったけれど、すごく嬉しかったです。

夜通し話をしてみたかった。


リンク、真ん中あたりに貼りました。







  1. 2009/03/18(水) 08:59:11 |
  2. URL |
  3. KUREHA #-
  4. [ 編集]

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
  1. 2009/04/18(土) 19:59:51 |
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  3. #
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