ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

映画上映と有機野菜の料理会vol.5


東京では、春一番が吹きました。

昨日は大雪の中、釧路から友人がはるばる東京へとやってきました。



大学時代に出会って、

どこか決まった一点を指差し示すわけでもなく、

定められた場所に導くわけでもなく、

ただ、
人と出会うこと、向き合うことを通して、

自身が苦しみ、悲しみ、葛藤し、喜ぶ生きざまを

見せつけ続けてくれている人の

37年間の大学での教員生活に一旦幕が下りることを、

ありがとう、こんにちは

という気持ちで祝う時間を共有するために。


この人との出会いがあったからこその、今。


気持ちが涙になって、溢れてしまいました。





ここからは、2月、3月の映画上映と有機野菜の料理会のお知らせです。


今回は、2日に分けて「食」について語りたいと思います。


2月は、「いのちの食べかた」を観ます。
(過去の記事→ KUREHA編 ・ MASSUN編 )


私たちが食べている塩、肉(鶏・豚・牛)、野菜や果物(瓜・アスパラ・パプリカ・りんご・キャベツ)、アーモンド、花などが、どうやって生み出され、どう育てられ、どう殺されて、どうさばかれているのか―。


この映画は、
誰かと観ることで、
そしてまたその人と一緒に何かを食べることで、
考えや議論を展開していくことに意味があります。

その先に食べること=生きることへの強い関心が生まれることを望みます。


映画の後には、「美呆の童話」という、食べることと対話することを大切にする姿勢を気づかせてくれる素敵な童話の読み合わせをしたいと思います。



2月27日(金)
映画 「いのちの食べかた」

ミラOPEN         15時
料理START       17時~
映画START       20時~
映画終了後      「美呆の童話」読み合わせ
~朝まで


3月7日()
映画 「おいしいコーヒーの真実」

OPEN&サンドウィッチ作り     11時
映画START             12時半
遅い昼食               14時~
終わり                 18時


会場:ミラ(練馬区南大泉1-23-9)
   西武池袋線保谷駅から徒歩15分(保谷駅に着いたら連絡をくれれば迎えに行きます)
   JR中央・総武線吉祥寺駅からバス停4番乗り場より(どのバスでも可)乗車し、
   小関降車、徒歩10分




ぜひ、いらしてください。


KUREHA







スポンサーサイト
  1. 2009/02/15(日) 09:20:03|
  2. イベント
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:2
<<門出 | ホーム | いきるデコボコ道>>

コメント

いい会でした&トラックバック失礼します

あの研究室で学んだことは、計り知れないくらい
重みをもっていると思う。

苦しくても、シンドクても、
それを引き受けて生きていこうとすること
それが「希望」なんだ―

最後の先生の挨拶を、いざ帰り道で思い出したら
電車の中で泣けてきたよ
おれたちだってかすかな「希望」なのかもしれない、って。
トラックバック、迷惑だったら拒否してくれてかまいません。

どうもありがとう&これからもよろしく
  1. 2009/02/15(日) 14:48:10 |
  2. URL |
  3. U君 #-
  4. [ 編集]

スピーチ

U君の重要案件(=スピーチ)、読みました。

とってもやさしくて、あったかくて、素敵な文章。

会場では、久しぶりに会った方から声をかけてもらって話をしてしまったもので、悔しいながらに聴けなかったのでした。

ごめんなさい。

私のはそばで聴いてくれたのに。


誰かの人生にこれだけたくさんの、気づきや変動を与えることは、ものすごくしんどいと思う。

けど、出会ったそれぞれの人間の「個有の歴史」を許し続ける限り、それは、変わることなく続いていく。

その自らの在りようを引き受けて生きていることを想うと胸が張り裂けそうになる。


私は、本文に載せるような文章は綴れなかったので、あのとき伝えたこと、伝えたかったことをここに書いちゃお。


以下、スピーチでは決してない、もし想いを言葉にしたら・・・

2,3割は表せてるかなという文章。



まず、今まで1度も伝えられなかった感謝の想いを伝えられる場をいただいたことに、深くお礼申し上げます。

私は、大勢の、それも私のことも知らなければ、みなさん1人1人のこともほとんど知らない大勢の前で話をすることが得意ではありません。

精神を病む人たちとのかかわり合いにおいては、顔を衝き合わせてじっくり1人ずつ向き合うことを大切にしたいと思っているので、スピーチなど得意なはずがないのですが、せっかくいただいた機会なので、先生のほうを向いて、想いを伝えられたらと思います。


6年前に初めて受けた「人間と教育」という授業のノートのはじめには、

他者・世界とめぐりあうこと

と一行書いてありました。


その頃の私は、

他者とは―

世界とは―

という思考さえなく、

言葉通りに受け取って、ノートに書いたのだと思います。


それから、最初の授業にぶつけられたその言葉を、数年かけて、インドや山谷での人々との出会いやかかわり合いの中で、自分の中に根付かせていったように思います。

大学1年や2年の頃の私は、自分を許すことどころか、嫌悪することも出来ずに、他者や世界への不満ばかりが増幅しており、自分がどこにも居ないと思っていました。

そんな私に、

「人間の本質は他者との関係性の中にある」

という言葉を突きつけてくださいました。


その言葉に、今も私は支えられ続けています。


初めてインドを訪れたとき、

私という存在を許してもらえたことで、

私は初めて他者の存在を許すことが出来ました。


それまで見えていた

無機質で冷徹・無関心・建前ばかりの世界に、

さまざまな色や、表情、動きが現われ、

世界が本当に様変わりしていきました。


今、私が大切にしていきたいと思うことや、
周りの大切な人たちとの出会いは、

この変化が無ければ、つながりえなかったものばかりです。


どこか一点を指差すわけでもなく、

私たちを導こうとするわけでもなく、

ただ、

その悲しみ、怒り、葛藤する生き様を、

見せつけられ続けてきました。


たくさんの、本当にたくさん投げられ、わたしが受けとめたその中のいくつかの中でも、

私に最も強くせまってきたのが、

「寛容」

:自分と違った考え方が許されない社会を嫌うこと、異質な他者との共生

でした。


これから、

精神科のソーシャルワークを通じて、

生涯を通して、

この「寛容」を、

自分の中に、

太く、

しなやかに、

根付かせていけたら


そう思っています。


最後に、
先生からいただいた茨木のり子さんの詩集「落ちこぼれ」より「落ちこぼれ」を読んで、終わりたいと思います。


落ちこぼれ  茨木のり子


落ちこぼれ

和菓子の名につけたいようなやさしさ


落ちこぼれ

いまは自嘲や出来そこないの謂


落ちこぼれないための

ばかばかしくも切ない修業


落ちこぼれにこそ

魅力も風合いも薫るのに


落ちこぼれの実

いっぱい包容できるのが豊かな大地


それならお前が落ちこぼれろ

はい 女としてはとっくに落ちこぼれ


落ちこぼれずに旨げに成って

むざむざ食われてなるものか


落ちこぼれ

結果ではなく


落ちこぼれ

華々しい意志であれ



本当にありがとうございました。

いつまでもお元気で居てください。




  1. 2009/02/16(月) 11:42:16 |
  2. URL |
  3. KUREHA #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://hitonokazudake.blog17.fc2.com/tb.php/288-62b80470

214原稿改

「重要な案件」アレンジ版。。。
  1. 2009/02/15(日) 14:39:36 |
  2. Treasure of bima.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。