ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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これからどこへ


みなさん、年の瀬いかがお過ごしでしょうか。

私は、こたつでボーっと過ごす至福の時間を楽しみつつ、
心は毎度激しく動いております。

今年もたくさんの出会いがありました。

全ての出会いを、きちんと整理したいと思いながら、

その中のひとつの出会いを、今日は振り返りたいと思います。

11月3日~4日、1泊2日で、
新潟水俣病ツアーに参加しました。

そこで、終わっていなかった新潟水俣病の現地を知りました。

今日は水俣病について想うことを、話たいと思います。

四大公害問題のひとつ、新潟水俣病は、私の中では印象の薄いものでした。
しかし、やはり出会うと、深刻さがいっきに伝わってきました。

症状は同じように出ているのに、
補償金をもらえた人、もらえなかった人。

つまり、補償もなく、今なお苦しんでいる未認定患者の存在。

裁判をした人、黙っていた人。

メチル水銀を垂れ流していた旧昭和電工は、
名前を替えて現在も操業中。

そして、膨大な利益を得、事実を隠しつづけるその企業と、
企業を怨む者、企業に頼って生きる者。

狭い地域に隠された、たくさんの人間関係の歪みにショックをうけました。


そして、20年間も続く水俣フォーラムが、
今年は千葉で12月10日~28日まで開催中。

その中の、「水俣一揆 一生を問う人々」という映画を観に行ってきました。

熊本の水俣病患者たちが、水俣病を引き起こした株式会社チッソの島田社長に、
責任を求め、一生の補償をしてもらうよう訴える、実際の映像です。

水俣病になったことで、
離婚された人、家族を失った人、職を失った人、差別された人、
患者たちが、ひたすら島田社長に対して、
水俣病の被害を訴えます。
責任を問います。


新潟水俣病の現地を訪ね、
「水俣一揆 一生を問う人々」という映画を観て…。

私は知識不足で、本当に軽い気持ちで書いてはいけないと思いますが、
失礼を承知で、今の想いを書きたいと思います。

映画を観て、
人と人とのぶつかりあい、
憎しみほど、
疲れ、悲しいことはないと思いました。

そして、お金による解決は、結局そのお金が何に使われたかによっては、
良かったのかどうかが、わかりません。

新潟水俣病では、
補償金1500万円をもらった家族は、
そのお金で「水俣御殿」、つまり新築を建てたりしたと聞きました。
そして隣の未認定患者の家がうらやんだといった例もありました。

もちろん、不自由になった身体で、
生存権を主張することは必要です。

その時に、水俣病には、チッソという対象がありました。

しかし、現在を生きる私としては、
対象のはっきりしない病気や自殺で死んでいく人たちは、
それじゃあ一体どうしたらいいのかと…、考えてしまいます。
この保障なき時代を生きる私としては…。

ふたつの水俣病を、ほんの少しだけ見て私が感じたこと、

それは、お金で人はどこまで満足できるのかということ。
お金=欲 の根源ではないのかということ。

そして、個人的な欲は、憎しみを生み出し、
決して地球のためにはならないということ。
人間同士の信頼も築けないということ。

お金によって、
人間の欲が露呈するよりは…、

チッソや昭和電工のお金で、
「木を植えましょう」と私は言いたい。

極端ですが、

木でなくても、
水をきれいにしたり、汚した環境を元に戻す努力をする。

そして、生活スタイルを変えること。

国も、企業も、人も、
その生き方を変えていくこと。

人々の求めるものを、
自然と対話してから決めていくこと。

そして、お金では買えないものを通して、
人々が結ばれていくこと。

そう願いました。
できるのかな…、人類に、私に…。

最後に、
新潟水俣病患者たちは、1995年に国によって、昭和電工と和解させられました。

裁判や運動に疲れきっていた人々は、
悔しくも和解に応じました。

しかし…、最後まで一人だけ、和解に反対し続けた弁護士がいました。

彼は、私の目の前で、こう言いました。


「和解によって、人間の進歩はない!!」


公害問題を以後、絶対に繰り返さないために、
この裁判を立ち消えさせてはならないという想い。

しかし、世界で、日本で、四大公害問題に続く、より深刻な問題が多発する今…。

ほんの少しのお金で和解した、
人間、人類は、まだまだ進歩していないと、
その弁護士同様、非常に悔しく想わずにはいられません。

もちろん、企業、そして国の引き起こした公害問題を許すことはできず、
患者さんたち、そのご家族とともに、
闘っていきたいという想いを前提にします。

患者さんたちも、お金で解決できる問題ではないと、
感じていることは、映画を観て伝わってきました。

公害問題をきっかけに、
有機農業をはじめたという人々にも出会ったことがあります。

すべては無駄ではありませんが、
公害問題の反省を活かすことが出来ていないと、強く感じています。


…実はこの記事、何度も書き直していること、お気づきの方がいたらすごい!

書いて良かったのか、悩んでいます。

患者さんたちの立場からしたら、働けない身体にさせられて、
補助金は当然のことなのに、
私は、お金はいけないなんて、幼稚なことを言っているなと思います。

非常にデリケートな問題でした。


暑苦しく長い文章を最後まで読んでくれた方、
本当にありがとうございました。

私は明後日から織座農園です。

みなさん、良いお年をお迎えください。

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  1. 2008/12/24(水) 01:04:02|
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