ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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銀婚旅行


「我が家はバラバラだぁ~」

父はよく、斜め上のほうを見上げながらそう笑って叫びます。


家族ってほんと不思議で、別々の人間が狭い場所で何年も何年も飽きることなく一緒に暮らしているわけです。

ある意味、奇跡だと思います。


今日は、そんな奇跡の一つ、秋山家の話をしたいと思います。



はじめの父の叫びを聞くと、なんにも考えてないようにみえる父が、実は冷静に4人の女たちを眺めていたのかもしれない、そして、自分の位置をしっかりとわかっていたのかもしれないと思ったりします。


うちの父は、山口県下関市出身で、10歳ぐらい年の離れたお兄さんがいて中卒で集団就職をし、そのまま大阪に住んでいます。
父が小学校1年生の頃、祖父が亡くなり、祖母と19歳のときまで2人暮らしをしていました。

古い大きな柱時計がかかった家で、煮干だしのきいた味噌汁を飲みながら父は育ったんだと思います。
確か、サッカーをやっていて、なかなか上手だったとか。

今では、走ることはもはや、歩くこともままならない感じですが。


19歳のとき、父は上京しました。

はるばる、山口から東京に落語家になるのを夢見て。


物思いのついたころから今までを思い起こしてみても、父がすらすら話をしているところなど観たことがなかったので、この話は未だにあまり信じていません。


上京して、どのくらい奮闘したのかは聞いたことがありませんが、ほどなく父は劇団の演出家の方に拾われて芝居をするようになりました。

その頃、母は、昼は航空会社に勤め、夜は早稲田の第二文学部で演劇を学びながら、劇団でも芝居をしていました。

そう、2人の出会いは劇団。

今でも、劇団仲間とのつながりは続いています。


が、誰もが結婚などするとは夢にも思っていなかった2人の結婚。

出会いから10年余り後の出来事なので、そのあいだの10年、なにがあったかは秘密。


娘の私にも言わないでいてほしい2人のそれぞれの青春時代。



と、2人の馴れ初めの話をしたのも、この秋、2人は結婚25周年の銀婚式を向かえたわけで、そのお祝いに今月初めに家族旅行をし、そのとき想ったことを書いてみようかなぁ・・と思ったからなのでした。

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場所は、京都・大原、滋賀・能登川・近江八幡。

私の行きたい場所をふんだんに盛り込んで、何の相談もなくつくった栞を、父、母、末の妹はとても喜んでくれました。

我が家には私と末の妹、千草のあいだにもう一人の妹、咲良がいます。

彼女は、高校卒業とともに自立し、一旦帰ってきたものの、今は群馬で恋人とそのお母さんと妹と犬一匹と暮らしています。

彼女は彼女で、とても面白いのでまたいつか書きたいと思います。



銀婚旅行と題しましたが、秋山家、実は家族旅行は初めてであります。


そのことに気づいたのが、みんながそろった11月1日夜の旅館で温泉であったまり、浴衣を着て半分布団に入ってからでした。


そうかぁ・・それは企画してよかったなぁとしみじみ。


1日目・・

千草と紅葉は夜行バスで6時に京都着。

地下鉄で20分のところを、距離感覚があまりないらしい紅葉の道案内のもと、2時間鴨川沿いを歩きとおし、京都の天然酵母パンの老舗、パンドラディに到着。

途中、スキップで100Mほど後ろに置いていかれた自転車好きな千草もパンドラディのパンでいつもの笑顔を取り戻し、一安心。

さぁ、1日が始まるぞ!

と、バスで京都駅に舞い戻り、滋賀県瀬田にある滋賀県立近代美術館へ。

アール・ブリュット展を観に、そして「非現実の王国で~ヘンリー・ダーガーの謎~」を観るために。

アール・ブリュットとは「加工されていない、生のままの芸術」を意味する概念で、フランスの美術家ジャン・デュビュッフェが60年以上前に提唱したものです。

デュビュッフェは、精神障害者や幻視者をはじめとした正規の美術教育を受けていない人々が内発的な衝動の赴くままに制作・表現した作品を評価し、既成の美術概念に毒されていない表現にこそむしろ真の芸術性が宿っていると主張したとのこと。

まさに、美術の教科書や、大小の美術館で眺める絵や彫刻とは全く異なった、想像や衝動そのものをかたどったような物体や絵がそこにはありました。


アール・ブリュットのアーティストたちは、アウトサイダーとも呼ばれ、彼らが創った世界はアウトサイダーアートと呼ばれています。


私が、アウトサイダーアートと初めて出会ったのは、大学3年のときにmassunが高校の友人たちと開いた自閉症をもつ人々の芸術展でのことでした。

そして、その後、山谷で出会ったおっちゃんたちの俳句や絵、ダンボールとごみで作ったアートなどにも触れ、ねむの木学園のことも知り、オイデヨハウス風の工房という長野のアトリエにはどうしても行ってみたくて足を運んだりしました。


あぁ、ほんとに触れてほしい。

観て、そのものが表している空気や表現を心にとり込んで、それを創った手、足、目、耳、口、心、身体のいろんな部分や、その一つ一つが成り立たせる表情を想像してほしい。


ほんとにおもしろいんだから。


人間て、なんて自由で、なんて豊かで素晴らしいんだろうと思えるから。



私たちが「非現実の王国で~ヘンリー・ダーガーの謎~」を観始めた頃、父は一人、新幹線で京都に到着。

大阪府吹田市に住んでいる兄を訪ねに行きました。

私「どのくらい連絡とってないの?」

父「ん~2年くらいかな」

私「えーもっと経ってるよ」

父「3,4年くらいかぁ」

と、4年近く音信不通の父のお兄ちゃん。


この旅では会えなかったけれど、いつかまた元気な姿で会えたらいいな。
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宿は、京都・大原、寂光院にほど近い大原山荘という民宿。
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夕食は、4人分の味噌鍋を千草と父と私でおなかいっぱいたいらげました。

温泉に入って、ゆっくり身体をあっため部屋に戻ると、母の声が。暗い山道をどうやってたどり着いたのか、さすが母。
仕事で遅い時間の合流でしたが、寒い中、お迎えで湯冷めする家族を思いやった配慮ナイスでした。


というわけで、ここでやっと4人みんながそろったわけです。

家族旅行なのに、みんなバラバラ。

温泉に行くのもバラバラ。

でも、そんなバラバラマイペースなのが心地よいのです。


2日目・・・

朝8時に朝食を食べ、10時まで大原散策。

寂光院、三千院、宝泉院、勝林院・・とすべてはまわれず、最後は山を駆け下りるなど、父なんてまるでコントではあったけれど、深緑から紅葉へと変わりつつある山々の空気のなか、とてもいい時間を過ごしました。
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そして、能登川図書館

能登川図書館の魅力については、友人の書いたコラムを読んでみてください→論楽社ほっとニュース

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母に時間が足りないぃーーと言わせながら、近江八幡の八幡掘周辺の町屋街にあるギャラリー・ボーダーレスアートミュージアムNO-MAへ。

町屋街に心惹かれながら、家族とははぐれ、たどり着いたのが天籟宮 ten lai kyu。

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「残すべき物を生かし、無い物をつくる」考えのもと、町屋の有効活用をし、個性と魅力ある街づくりを目指した活動をしているNPO法人エナジーフィールドが運営しているギャラリー+カフェ+コミュニティー。

築200年の町屋の一室に広がる繭のアート。

座敷に存在感があるようでふわっと在る枝々にまとわりついた薄い繭膜が張ったオブジェ。
障子も繭を薄く薄くまだらに紙とも布ともつかぬ、繭の膜が張られていました。

中庭や、入り口には、銅版でかたどられた動物たちが。


この天籟宮の空間がすっかり気に入ってしまって、しばらくここで休もうと思い、電話を借りて千草に電話をかけました。


ずっと滋賀に惹かれていたのだけれど、この旅で一層、滋賀への関心が高まってしまいました。


そろそろ東京から離れてみたいという気持ちに素直になってもいいかもしれないなんて。


さて、銀婚旅行は滋賀県近江八幡の町屋街めぐりでなんとか終わりを迎えました。

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その夜、千草は一人旅へ。


父と母、紅葉は東京へ。



なんと、長い2日間だったことか。


父、母は非日常から現実に戻ってきて混乱し、困惑していたけれど、私も1週間ほど疲れを引きずりました。


家族とは、なんとバラバラで、しかしどこまでいっても家族なんだなぁ。



子どものころは死ぬほど嫌いだった家族を、こんなに愛しく思えるようになったすべての出会いに感謝したいと思います。



長くなったけれど、このあたりで終わろうと思います。



家族のことは、書ききれないぐらい小さいネタがたくさんあるので、またいつか書ければと思います。

が、自分にとってかけがえのないものについて、活字にするというのは難しいわけです。

表現できない些細なことがらによって何とか成り立っているようなものだと、今回気づかされました。

まぁ、期待せずにいてください。





「生きなおすことば」を著した大沢敏郎さん、筑紫哲也さん、数少ないけれど確かにいる憧れの、どうにかこうにか追いつきたい、目指すべき大人の訃報が続いてとても哀しいです。


どうか、どうかみなさん、実り多い秋を過ごし、あたたかな冬を迎えてください。


KUREHAより




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  1. 2008/11/11(火) 21:31:39|
  2. 旅の思ひ出
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