ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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身体をめいいっぱい


今日まで半年間、精神障害者の作業所(自立支援法下だと就労継続支援B型施設)で、働いていました。


内容はさておき、往復2時間半の自転車通勤は、35度を超す超真夏日でも、最高気温5度
の真冬日でも、全く苦になりませんでした。


そこに集う人が、私にとってとても大事な、いとおしい、忘れられない存在になるのに、あまり時間がかからなかったから。



意外に人見知りの私は、メンバー(作業をしに来たり、居場所として利用する精神の病を持っている人たち)ともスタッフとも一緒に1時間の昼休みを過ごすことができず、外の壊れかけのベンチでお弁当を食べていました。

そこには、いつも喫煙をしに外に出てくるメンバーがいて。

お互いのことを、少しずつだけど話したり、聴いたりして過ごしました。

1対1だとなんとか自分を保てたのかな。


そのうち、雰囲気にも仕事にも慣れてしまい、ストレスの表れだったと思われるアトピー性皮膚炎もきれいに消え、少しほっとしたのと同時に、自分の根元を掘り返して確認する作業をしないと自分を見失うなと思う日々が続きました。


作業所では、車や耕運機の部品のそのまた部品の取り付けだったり、穴あけ、専門学校の案内の封入、オムツ用のゴミ袋の袋詰め、柔軟・静電気防止剤の箱詰めを主な仕事として行っており、私は、メンバーと一緒に作業をしたり、進め方を考えたり、搬入出や納品をしたりする仕事をしていました。

また、草むしりや公園清掃、特定のメンバーによるハウスクリーニングや病院への野菜販売などの仕事もあり、それぞれがそれぞれのペースや、その日の気分、得意不得意に合わせて作業を選びます。


だいたい10時から15時半のあいだ、1時間おきに10~15分の休憩。

最初と最後にミーティング。


週に2度は、お昼ご飯をもう10年も作りに来てくれている人がいて、手づくりのご飯が食べられます。


そういうところ。



どういうところ?


あんまり、想像つかないですよね。


そりゃあ、そうだよ。

社会にひらいてないもん。



まぁ、それでもがんばってるんですよ。それなりに。


なんて、フォローしてみたりして。



最初の頃は、自分がやりたくないと思うような作業をみんなにやるよう促すことに苦しさがあって、心と身体がそこに収まりきらない想いや、悩みや、苦しみ、痛みを抱えている人が、その大事な時間を過ごすのに、こんな過ごし方は絶対によくない!と思っていました。

3日目にして、「持続可能性のある仕事はないんですかね・・」なんてぼやいてたら、他のスタッフに「え?もう(この作業に)飽きたの?」って言われてしまった。


夏のあいだはずっと、こんな作業、この人たちがやることになんの意味もないし、いい循環や連鎖を生み出すことはないって思って、もっと地に足ついた、心と身体と衣食住を大事にした活動や作業、創作ができるし、そうやって時間を過ごすことが彼らにとって小さな希望とか、尊厳を取り戻すきっかけになると思ってやみませんでした。


思い切って、代表にそんな話をすると、「彼らの願いはふつうになることなの」と、「障害者だから、病気だからそれをやるっていうことじゃなくて、ふつうの人に近づくことで安心するの」と言われました。


そのふつうが、社会的入院という問題を内包していることをもっと見つめたい。

代表と話した帰り、私はそんなことをやや興奮しながら考えていました。



7万5千人とも、14万人ともいわれる社会的入院者の退院促進が、徐々に勢いを増して進められています。
私がいた作業所にも、毎週毎週新しいメンバーが病院から通うようになり、退院の準備に向けた道を歩いたり、走ったり、転んだりしています。

精神科の病院の長期入院への報酬減額、退院促進への加算などがその背景にはあるのですが、地域や福祉の支援の受け皿は、想像を絶するほど乏しいのです。
数はもちろん、質についても足りないことだらけ。
全然追いつきません。


そもそも彼らには、病院内で人間として扱われてきていない長い歴史があります。


閉鎖病棟

鉄格子の保護室

行列のできるラーメン屋みたいに落ち着かない風呂が週に2回だけ

家族との面接もすべて監視つき
(注:病院にもよるし、少々昔の入院時の話から抜粋しているものもあります)

こういう世界に身をおいたら、自分のうちに引きこもりきるか、架空の何かを聴いたり見たりすることで気を紛らわすことをしないと、生き延びられない。


いつここを出られるのか、まさか自分の意志で出られるなんてことはつゆ知らず(医師が退院に前向きでも患者が退院したくなければ、話はなかなか動かないという他の一般病棟ではありえない状況が精神科病棟にはあります)、ただ流れるときに身をまかせ、気づいたら以前できていたことができなくなって、自分が自分なんだか何なんだかわからなくなり、病気のせいで人生を諦めざるを得なくなったと、心と身体の叫びもむなしく、つぶやく日々。



「生きてるあいだに退院できてよかったよ」


昨日、辞めることを告げた直後に笑顔で固く握手をしてくれた彼は、入院時の人間として扱われない辛さを話した後に、そう私に言いました。

今日は、その言葉を思い出すたびに涙が出てきて本当に困った。

昨日、今日・・だけに限らないけれど、ほんとうに一人一人を抱きしめたくて仕方ない衝動に駆られました。

そういう存在と出逢えたこと自体が、私を充たし、支える。


最後のミーティングでは、涙をこらえるのがやっとで、「ありがとうとしか言えません」なんて、どうしようもない最後の挨拶をしました。


みんなのありのままの姿にどれだけ励まされたか・・そのままでいられる場所がここだけで、この仲間といるときだけという現実は、どうしても変えていきたい現実。

でも、その現実を受けとめて生きることが、彼らの日々。


私は、そこにどうかかわっていくのか。



月曜から、精神科の病院で働くことになりました。

急性期の閉鎖病棟。

どんな世界で、どんな人たちが住んでいるんだろう。


身体をめいいっぱいつかって、地面を這い蹲るような学びを。


彼らとの出逢いを絶対に無駄にはできないから。



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  1. 2008/02/15(金) 00:39:47|
  2. kurehaの独り言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

一歩また進むんだなー。
卒業おめでとう。本当におめでとう。
  1. 2008/02/15(金) 02:07:42 |
  2. URL |
  3. おかっち #-
  4. [ 編集]

ありがとう、おかっち。

進んでるのかはわからないけど、歩き続けるよ。

まわりの景色も眺めながら。


ありがとう。


  1. 2008/02/18(月) 20:56:00 |
  2. URL |
  3. kureha #-
  4. [ 編集]

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