ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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汚れることに慣れたくない


平和とか、エコとか、戦争や差別を無くそうとか、世界はそんなにキレイなもんじゃない。

1人が、そう思って、訴えたところで、ジョン・レノンのように世界の民の心をわしづかむことは、とっても難しい。

わしづかまれる側の世界の民が、あの頃とは違う。


少なくとも、日本の若者は無気力だ。

こう生きれば、幸せな暮らしを送れると見本を見せようとする大人たちが、幸せな顔をしていないからだ。
それを本人たちもうすうす気づいているのに、歩いてきた道を決して振り返ろうとしない。
振り返って、悔いや、情けなさをもっと披露してくれればいいのにそうしない。

私たちは、どこに向かって歩けばいいのか、行き着いた先になにがあるのか、何も見えない。



それでも、世界は、真っ暗闇ではない。

汚れ切ってそれ以外の自分を知りえない私利私欲のために生きている人、
汚れることにもはや抵抗なんて感じずに汚れている人、
知らないうちに汚れている人、
汚れていることに気づいてもがいている人、

これらの人間が入り混じっている。

私も、この得体の知れない汚れを拭うのに必死になっている一人だ。


じゃあ、この汚れとは、なんなんだろう。

憎しみや怒りや、恨み、悲しみ、哀しさといった人間の感情か。

はたまた、苦しみ溢れる生と、死か。

それは、誰の感情であり、誰の生と死なんだろう。


でも、もし汚れが誰かの感情や命だとしたら、汚れという表現は、一方的な表現であり、むしろ、罪というべきなのだろう。

でも、その表現はあまりに偽善的でキレイすぎる。

私は、そんなにキレイな人間じゃない。


きっと、拭っても拭っても、一生涯、まとわりついてくるこの汚れ。

蝕まれて麻痺してしまわないように、汚れを感じ、拭うよう努めれば、私は自分の意志で立っていられるだろうか。


そんな危うい自分を支えてくれているのが、汚れそのものなのかもしれない。




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  1. 2007/07/09(月) 01:20:39|
  2. kurehaの独り言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

ちょっち重いね。
先週の俺は死んでましたが今週は元気です。
カブでよければ2人乗りでもする~?w
  1. 2007/07/09(月) 08:04:29 |
  2. URL |
  3. tadasu #-
  4. [ 編集]

いやぁ、むしろ明るく、というか、少し皮肉っぽく前向きに読んでほしいと思って書いたんだけど、やっぱり重いかな。

こんなこと書いてるけど、心も体も健やかだよ。

嘘っぽい?


2人乗りいいね。

みんなでこみけんの畑に行ったって聞いたけど、tadasuは行かなかったのかな。

今度一緒に行こう!

畑に行って体を動かせば、気持ちがずーんって沈むのもだんだん減ってくkるはず!

  1. 2007/07/09(月) 15:51:51 |
  2. URL |
  3. kureha #-
  4. [ 編集]

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