ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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屋久島へ~有明から志布志まで~


7月20日の午後、私は大阪淡路町で買ったチャリで、とにかく風が欲しくて屋久島の港、宮之浦からガジュマル園があるという志戸子を目指して走っていた。
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長野県の天竜川、九州地方での大雨洪水の被害のよそで元気な太陽がまぶしい青空の下、海風を浴びながら山沿いの県道を走った。


ちょうど2日前、近くの近畿日本ツーリストでフェリーありあけの東京・有明埠頭から鹿児島・志布志港までの片道チケットを買った。
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ありあけ埠頭の待合室はさびれていて、とても満室の船の乗客数分を許容できるようには見えなかった。
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フェリーありあけが1750kmの船での日本最長定期便だと自慢気に言っていた眼鏡の腰の低い船長を思い出すと、またあの船に乗りたいなぁと懐かしく思う。
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船の中には、一人旅の若者、出稼ぎに行く若い女性、渡り蝶を追い求めるおじさん、父親に会いに行く9歳の男の子とその妹などちょうど馴染めるぐらいの人数がそろっていた。

2等室の女性部屋は53人寝られるところを5人で使い、とても快適だった。ロビーは地方のホテルの雰囲気が漂い、嬉しいことにわかめご飯のおむすびが100円で売られていた。
もちろん船長自らの手で。
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ただ、波が荒々しく、今飛び込んだらたちまち溺れて沈んでいきそうなぐらいだった。デッキに上がると、海風がことごとくぶつかってきて、自分のちっぽけさに呆然とした。
海が壮大すぎて、濃い深い青すぎて、こわかった。
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18日の16時半に乗船し、志布志港に着いたのは19日の21時頃だった。その日は、船長から情報を得た、唯一の車で乗船したおじさんに声をかけ、安宿がありそうなところまで乗せていってもらった。おじさんのワゴンの中はダンボールだらけだった。

実は、そのおじさんは船で世界一周を何度もしている人で、ペーパークラフトで虫を作っているおかしな人だった。ダンボールはその作品たちだった。宮崎で個展をやるからとフライヤーを受け取った。
おじさんのつくった虫たちはかわいくてなんだかお菓子みたいだった。
その日、宿に一緒に泊まった山梨の葡萄農家のお姉さんはその個展に行ったのだろうか。
彼女は、船で出会った渡り蝶のおじさんに奄美大島の魅力を熱弁され、鹿児島から鈍行で関東に帰る旅の予定を変えて、翌日、1日がかりで鹿児島港から奄美大島に向かった。

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鹿児島県志布志市志布志町志布志2丁目のビジネスホテル、居酒屋、バー・パブ街はさびれていて朝早くに自転車で道路の真ん中を走るのに気持ちがよかった。
志布志から鹿児島港へ行く船に乗るため、垂水港までバスで向かった。バスの中では、高校野球の地方予選の決勝戦の応援に行く鹿屋高校の高校生と運転手さんの鏡越しでのバイバイがほほえましかった。
惜しくも敗れた鹿屋高校に代わり、甲子園出場を果たした鹿児島工業高校に精一杯の野球をしてほしい。
なぁんて思っていたら、高校時代の応援団の思い出や、野球部のメンバーたちの顔が蘇ってきてしまった。


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  1. 2006/08/16(水) 16:13:29|
  2. 旅の思ひ出
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