ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

毛刈り

先月末に毎度おなじみ織座農園へ羊の毛を刈りに行った。

5年間刈っていなかった季春という名の羊は名前を呼ぶとちゃんとこっちを向いて返事をする。
20060706200142.jpg

秋にこんなにもこもこだった季春はたくさんのきれいな毛を脱ぎ、すっかり小さい羊になった。
kishun.jpg



それにひきつづき、自分の毛も刈ってしまった。
20060707143756.jpg

意外と好評で助かったけれど、なんだかちょっとだけ生まれ変わったみたいで街を歩くのが新鮮だ。季春も同じような気持ちなんだろうか。

なんで坊主に?って結構聞かれるけれど、特に大した理由はない。してみたかったからだ。バングラで出会った2人の女性への憧れもありつつ・・。

そんな中、お世話になっているK原先生はこの文章を読んでなんとなく理由がわかったような気がするとおっしゃった。
ということで、やや無理やりだが、05-06合併のMTKインドへの旅文集に載せた文章をそのまま載せようと思う。
この文集には、私の他にもたくさんの参加者のことばがつづられている。先日できたばかり。
読んでみたいという方は連絡いただきたい。(⇒japanesemaple_7@hotmail.comもしくは、コメントに。)ほんとは500円で売るように言われてるけど、ヒトノカズダケを通して連絡をくれた方には私個人の負担で送ります。

ではでは私が坊主にした理由を知りたい人は読んでみて下さい・・・




BE NATURAL

    チャイ コーヒィ チャイ コーヒィ・・・
売り子が鼻から抜けるような声を出して薄いミルク味のチャイを売りに来る
足のない少年が掃除をしながら近づいてきて物乞いをする

冷房の利いた列車の窓からクリシュナリバーが見えてきた
それらの景色が私の中に自然と染み込んでくる
私という景色はそこに溶け込めているのだろうか

♪VENERA VENERA VENERA(月の意)とよく歌っていたARS(アデヴァシーラクシュナサミッティ=先住民族保護委員会)の副リーダーであり、SNEHAのスタッフでもあるヴェンカットは、私の身に付けていた麻や草木染めの服や持っているもの、絵の道具、描いていたものなどを見て「あなたは自然をとても大切に思っている。その心を大事にしてほしい」と言った。彼の言葉にはとても深い想いがこもっているような気がした。彼の笑顔を見て少し泣きそうになった。

インド・・この3年間で5回訪れた。それぞれにたくさんの出会いがあり、今の私を形成している。

食べて、歌って、騒いで、泣いて、笑って、感じて、聴いて、見つめて、そんな暮らしの中の小さなことたちに喜びを感じながら、尊びながら、生きたい。
そういった生を獲得するために、GBAGの人たちはアデヴァシーと、私は日本で誰からも生きてていいんだよと言われない人たちと、寄り添いながら生きる。

社会がどうこうとかって大学生までの間はいくらでも言える。周りが就職活動をはじめて、自分たちも現実社会をつくっていく一人だということを痛感させられるこの切羽詰った感じ。
大学卒業して社会人になるっていう理屈はなんだかおかしいんじゃないか?自分は今までだって社会の一員だし、卒業したからって何にも変わらない。
既存の線路に惑わされて自分の道を見失いそうになっていた私は、まずは自分の人とのかかわり方や、もの、自然とのかかわり方を見直す必要があると思った。あぁだこうだと世間や社会の文句を言ったり思う前に、まずは自分じゃないか。自分の生き方、人、モノとのかかわり方を見つめなおそう。
そんな思いつきと実践するためのモチベイションを私はいつもインドから持ち帰ってくる。そして、たびたびインドに励まされた。インドで出会った人やもの、それらを包み込む自然が、私の胸の中に生きている。身体の隅々でインドの鼓動を感じる。


約6時間のジープの旅は改めてその地の広大さを感じさせた。
1年ぶりに会うプラサード(MAITHRIのリーダー)は少し痩せて無精髭が印象をガラッと変えた。また、奥さんが絶世の美女だったことには驚いてしまった。
4つのNGOの中でも一番遅れていると言われていたMAITHRIでの初めてのMTKの滞在に訪れる前は心配もしていたし、それなりに構えてきたのだが、予想を覆すかのように設備は整い、寝床も初の男女別、コンクリートの建物で去年、おととしと私が訪れたPLAKRUTHIとSNEHAに劣らない待遇で、ここまでしなくても土の上でも藁の上でも寝る覚悟はあったのにと少し残念に思ってしまった。

そして、思っていた以上にダムの問題は深刻だった。NGOスタッフは泣きそうな顔で必死さを静かに語っていた。
あの場のなんとも胸に刺すような嘆きみたいなものは忘れられない。楠原さんも返す言葉、励ましの言葉を精一杯の思いで探していてその表情に切実な焦りが見えた。
励ます側も言葉が出てこないくらい追い込まれていた彼らであったが、今年のメンバーが初めてのインドをそれぞれがそれぞれのペースで、やりかたで吸収していくのをほほえましく見つめていてくれた。
そして、最後のミーティングで一人の学生が自分たちの無力さを嘆いたとき、ここに居てくれるだけで、来てくれただけで私たちの支えになると言った。


あの光景は忘れない。
太鼓をたたきながら、叫びながら、踊りながら、熱い大地をみなで歩いた。
ファイヤーズとプラサードのあの熱い熱い眼差しと両手を挙げての叫び・・・
ダムができたら、先住民族独自の文化や暮らし、生き方すべてが水のそこに沈む。
そして、それを守ろうと必死になっているGBAGの彼らもまた殺される。サポートしているアデヴァシーとその大地がダムの底に沈むということは、彼らがしようとしていること全て、彼らの人々の生き方が否定されることになる。突発的に行われたマーチに参加してそう強く感じた。



私たちがあの場所に置いてきたもの。
目に見えないものも見えるものもたくさんのものを私たちはあの場所に置いてきた。
それはNGOの活動には少なからずプラスになるのかもしれない。その活動がアデヴァシーの人たちの尊厳を守るための活動であることは確かだ。
それでも、私たちがあの場所においてきたものがアデヴァシーの人たちに直接的にいい影響を与えたとは必ずしも言えない。
そして、帰って来て日本でアデヴァシーの暮らしを犠牲にして生活することの矛盾。その意味では日本で暮らしながらインドの人を思うと、息が苦しくなることもある。

私は、昨年のMTKの旅の最後、「こんなツアーならもう来たくない」と言った。そんなことを言い放ってその地を去りながら、なぜまた来たのかという話をファイヤーズとバイクの後ろに乗せてもらっているときにした。あの大きな背中とお腹にしがみつきながら汗ばんだ塊となって風を切っていく感覚はまだ私の身体に残っている。
私は、彼に伝えた。昨年のままで終わらせたくなかったこと、一方的にインドを、GBAGを想っていたくなかったこと、山谷や様々な日本の問題に少しずつかかわり始めていること、これまでの旅のメンバーの今を。
インドの森の民、そして森の民にかかわる民とつながるためにできることは、今の私にはそれくらいしかなかった。伝え、伝えられ、つながっていくこと。それだけだった。
何度訪れても同じ。私は自分の、自分たちの無力を、矛盾を感じ続けなければいけない。こうやってキーボードをたたいている瞬間も私は矛盾を生み続ける。私が生産する矛盾とどう向き合いながら生きていくか。
そんなことを考えられる余裕のある私はアデヴァシーの人たちよりも果たして豊かなのか、乏しいのか。

アデヴァシーのこと、日本で暮らす外国人のこと、日本の開発において遣い棄てられてきた山谷の元日雇い労働者、日本の怒ることができない若者たち・・・多様な人間たちの違いを許すことができれば、認めなくても受け入れなくてもいいから、ただただ許すことができれば、それでいいと私は思う。

違いを喜び合う・・・そこまでは望まない。許すことができれば、それだけでいい。

インドが私にとってどんな存在であるか、日本が私にとって居場所であるのか、そんなことわからない。
ありのままに、生まれたままにこの手とこの足とこの体とこの想いと共に生きることができたら、どんなに気持ちいいだろう。
そんな生き方を自分で選ぶことができたのは、MTKとGBAGの民と出会い、つながったからだ。

ただ生きているだけの人で在りたい

Be CALM be SIMPLE be NATURAL and be MYSELF.

スポンサーサイト
  1. 2006/07/07(金) 15:07:12|
  2. kurehaの独り言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
<<女性が世界とつながるために | ホーム | ソーシャルワーク>>

コメント

文集送付希望です

クレハの見てきたもの、感じたものがストレートに伝わってきて
胸が熱くなった
>ただ生きているだけの人で在りたい
って思っているけど
「ただ生きる」ってどういうことなのか
深く考える日々を過ごしています

新しい髪形になったクレハも見たいな

文集の編集おつかれさまでした
「生活の森」事務所に送付お願いします
本棚におかせてもらいます

  1. 2006/07/07(金) 22:33:45 |
  2. URL |
  3. sayuri #jgIeClaY
  4. [ 編集]

久々の更新なのにすぐコメントいただき、すごい嬉しいです。
前に連絡したらメールが届かなかったようなのですが、7月後半、生活の森に遊びに行きたいと思っています。
文集、その前に送りますね。
  1. 2006/07/08(土) 10:21:04 |
  2. URL |
  3. kureha #-
  4. [ 編集]

ハリー・クリシュナーとダムの底の村

こんばんは。

こちら愛媛県南部は、一次産業が主要産業なのですが、それが今、徐々に衰退してきております。

 過疎化も進んでいるのに、道路の拡張工事だけは、どんどん進んできています。

 1日に数本しか通らない単線の鉄道を、これまたほとんど交通量のない道路と立体交差させるという、どう考えてもおかしい開発を、隣町でやっています。

 便利さを求めるのは、おそらく人の本能でしょう。

けれど、目の前の利益のためだけに取り返しのつかない過ちがなされているとしたら、黙ってはいられないですよね。
 ともあれ、自分を見つめ、自分の行き方を追い求めるkurehaさん、陰ながら応援しています。
  1. 2006/07/09(日) 22:58:15 |
  2. URL |
  3. アベッカム #-
  4. [ 編集]

無茶々園の人たちのパワフルな姿からは想像し難い(きっとそういう現状があるからこそ頑張っておられるのかもしれないけれど)現実があるんですね。

アベッカムさん、ありがとうございます。また会いたいです。
ちなみに来週、massunと徳島と高知に足を伸ばします。
愛媛のみかんはこれから摘果作業でしょうか。
また快晴の明浜を訪ねて今度は畑で石垣にもたれて昼寝でもしたいです。
  1. 2006/07/11(火) 08:13:37 |
  2. URL |
  3. kureha #-
  4. [ 編集]

文集

kurehaちゃん♪文集ありがとねぇ~~~☆

早速読みました。
「無力・・・」ってトコ、makishinも感じたな・・・。

先日、興津の○○さんの自宅にmakishinも突撃訪問☆
ところが平日ということもあり、やはり会えず。。。後日手紙が・・・

てな感じです!

kinikaketekureteuresiidesu.
konngotomoyorosikunenn!!
  1. 2006/07/13(木) 21:25:45 |
  2. URL |
  3. makishin #-
  4. [ 編集]

makishinさんへ

あれ?なんで最後ローマ字?

興津のおじさんとは山形で会いました。
猪とか平気でかついでいる山男みたいな風格の方でした。
いつかまた訪ねてみようと思います。

また会いましょうね。
  1. 2006/07/15(土) 09:37:24 |
  2. URL |
  3. kureha #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://hitonokazudake.blog17.fc2.com/tb.php/165-37aa05d1
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。