ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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NO war YES


NO war YES
ヒトノカズダケ企画

輪(war)でつながるために・・「自分と戦争」について話す場を設ける。

※自分の問題として捉えることを前提とする

→NOの人をつなげる
あいまいな人をNOにする
YESに負けない
なにかの時の結束力をつける


突然だけど、あなたは、戦争をしますか?しませんか?

今なら、あなたの選択でどうにでもなります。

一人一人の自己決定が今後の日本、そして、あなたの将来への責任を負っています。

 現実問題、国際関係、国家の国益、経済活動、国際貢献・・いろんなことを抜きにして、あなた自身は、戦争をしたいですか?したくないですか?

いろ~んな情報が出ては消え、それに翻弄されて何が正しいのかいまいちわからない社会の中で、何を大事にしていくかと言ったら、それは、自分自身だったり、周りの家族や恋人、友人など大切な人たちに関わることなんじゃないでしょうか。
それを考えると、もし戦争をする国になったら、その大事なものまで奪われて、何を信じればいいのか、何を大切にすればいいのかわからなくなりそうです。


私たちはヒトノカズダケ・・という考えを基に、ブログで情報公開・発信をしていますが、戦争は、ヒトノカズダケある多様性と相性がとても悪いんです。

ヒトノカズダケいろんな考えがあるべきで、戦争をしたくない人もいるのに、国家が始めると言えば、戦争は始まってしまう。強いられてしまう。

ヒトノカズダケの思いや希望が抑圧される、「ヒトノカズダケの危機」が、日本を戦争ができる国にしようという動きの中で生まれています。


私たちは、まず、戦争はしない!戦争はしたくない!という気持ちでいる人たちとつながりたいと思っています。

一人や二人じゃ心細いけど、でも、やっぱり戦争はしたくないと思う気持ちが自分の中にあれば、その考えを持ついろんな人たちとつながりましょう。

そこから、何か私たちにできることがあれば、そのつながりを生かしてやっていきたい、そう考えています。


理想と現実は、対義語かもしれないけど、戦争をしないということは決して理想じゃないと思います。

私たちには、選択できる権利があるはずです。


まずは、日本が、気づかないうちに戦争のできる国になることだけは、どうにかすこしずつアクションを起こして、STOPさせましょう。


もし、意見・反論・疑問などがあれば、連絡下さい。
no-war-yes@hotmail.co.jp





この企画に際して、二人それぞれ「自分と戦争」についてまとめてみました。


「自分と戦争」―まっすん編
もし、日本が戦争をできる国になったら、私はどうするだろうと良く考える。毎日たくさん暗いニュースが流れ、悲しい出来事が起こるけど、でも、日本は戦争をしていないから、私は今日も明日も生きていられるんじゃないかって、そういう希望がある気がする。例えば、戦争が起きたら、そうはいかないんじゃないかって、そう思う。私自身、朝起きてから、いくら健康であっても、戦争をしている国にいたら死を身近に感じざるを得ない日々が続くだろうし、もしかしたら戦地での友達や兄の身を案じる日々が来るかもしれない。
 私が生まれてから今まで日本は戦争をしていないけど、戦争のことを、TVや映画、絵本や写真、音楽を通じて感じてきた。戦争を知るたびに、「やっぱり、戦争は良くないよ」という思いが強くなっていく。
 何がだめかって、殺し合いをすること、命が消えること(人間以外の動物や自然の命も同様に)。今の戦争は、戦争をしましょうと言った国の偉い人たちは絶対に死なない。イラク戦争で、ブッシュも、あのフセインだって死んでない。第二次世界大戦で大負けした日本の昭和天皇だって、戦争で死なないで、その後も長生きした。その人たちが死んで良いとは言っていない。でも、偉い人たちはいつも安全な場所にいて、指示を出し、いざとなったら逃げて生き延びるシステムになっていて、戦争で死ぬのはいつも子供や、戦争をしたくてしたわけじゃない弱い立場の人たち。それが納得いかない。もしも、日本が戦争をする国になったら、一番最初に死ぬ立場にいるのは、戦地に送り込まれるであろう兄や男友達と、いつでも空襲におびえなきゃならない母や女友達、そして私自身だろう。
 日本が今戦争を出来る国になったら、世界の目はどうだろう。60年前までの戦争で、日本は様々な国で色々ひどいことをしてきたから、まだ懲りてないのかと、冷たい視線を向けられるだろうな。憲法改正を望むアメリカの言う通りにして、日本が戦力でもアメリカの味方をするようになったら、アメリカを嫌う人たちが日本を攻撃するかもしれない。テロって、今日本でも警戒してるけど、日本でまだ一度もテロがないのは、私たちが憲法9条を持っていて、アメリカとのその一線を越えていないからじゃないかなぁと思う。
 私は、おじいちゃん二人とおばあちゃん二人が、あの戦争で生き延びてくれたから、飢えに耐えて必死に生きてくれたから、今ここにいる。おじいちゃんは戦地で友達が何人も目の前で死んでいくのを見た。戦争の話はあまりしてくれないおじいちゃんだけど、「俺だけ生きて帰って来た・・」と、悲しい顔で言っていたのを良く覚えている。命の儚さと一瞬で消えてしまうもろさを直に感じ、たくさんの悲しみを背負って、それでもおじいちゃんとおばあちゃんは母という新しい命を生み、育てることを選んでくれた。だらか私が今ここにいる。あの戦争を経験して、まだ日本が戦争を繰り返していたら、私だったら子供を生み育てることをためらうと思う。子供を戦地に送り出したくないし、戦争で辛い思いをさせたくないから。でも、今、日本には戦争をしないと誓った憲法がある。あの戦争を経験したおじいちゃんやおばあちゃんが子供を生んで育てようと思えたのは、憲法9条ができたことがすごく励みになったからじゃないかと思う。
 私にとって憲法9条は、一種の薬のようなものかもしれない。私は頭痛がひどくて、いつも薬を手放せないでいるんだけど、その薬は今はあって当たり前のもので、だけどなくてはならないもので、なくなった時にはその大切さをあらためて感じるんだろうなと思う。憲法9条も同じで、なくなった時に初めてその大切さに気付く人が多いんじゃないかと思う。いつかは頭痛がなくなって薬がいらなくなるようになって欲しいし、憲法9条がなくても戦争をしない世界になればいいなと思うけど。



自分と戦争」―くれは編
戦争はダメ。
唯一曲げられないことかもしれない。
だって、賛成したら「自分や周りの大切な人が死んでもいいです、しょうがな
いです」って言っていることになる。
おっきくみてもちいさくみても、全く私たち一人一人にいいことなんてない。
戦争映画などで一度も涙や悲しみが描かれたことがないものなんてあっただろうか。
私は、周りの人たちが苦しんだり悲しんだりすることが悲しいし、辛い。人ってそういうものだと思う。誰だって家族や友人・恋人が死んだら悲しいでしょ。それってめっちゃ当たり前のことだと思う。
 でも、戦争となると話が違ってくる。
自分や周りの人が苦しんだり悲しんだりすることに変わりないのに、「戦争」はそのような状況をすべて許してしまう。
 大学に入ってから、イラク戦争の写真展を手伝ったり、自衛隊派兵反対のデモの横を歩いてみたり、日本がしてきた戦争の記録を残そうとフィールドワークをしたり文集を作ったりしてきた。戦争の現実を伝えようとしているジャーナリストや作家の話も聴いてきた。でも、そんな活動に周りの友人は自分から誘わなかった。関心があれば自ずと向こうから来るだろうと思っていたし、本当のところみんながどう考えているのか知るのが怖かった。
私は「みんなが本気で戦争はダメなんだと思っていない」と思っていた。結局、戦争が始まって自分や周りの人たちになにか変化が起こったり、誰かが死なないとみんな反対しないんだと。
戦争は市民の見えにくいところで始まるけれど、一番悲しみながら死んでいくのは市民だということ、それが日本にも、私たちの暮らしにも当てはまらないとは言い切れないということ。
これをみんな本気では感じていないんだと、今も私は思ってしまう。
でも、そんなこと言っていても何も変わらない。
私の悪い癖だ。
人を心底信じない。

でも、このことについてだけは、信じたい。と強く思う。

大学1年のとき、インドに行った帰りの飛行機の中で朝日新聞に国民保護法についての解説が載っていた。こんな法が通ったのかぁ・・もう日本は戦争のできる国になるかもしれないとものすごくショックで、インドに引き返したくなった。
国民保護法をはじめとする有事法について、どのくらいの人がどのくらいのことを知っているんだろう。
日本のメディアは、くだらないことばかり大きくとりあげ、どのチャンネルでも同じ情報を流して、その裏で有事法や自衛隊派兵を推し進めてきた。
今も、おんなじニュースが毎日流れているけれど、きっと何か通したい法案でもあるんだろう。なぁんて思ってしまう。それがもし憲法改正に関する法案だろうと、私たちは全く気づかない。そして、気づかない自分たちは悪くないし、決まってしまったものはしょうがないと、私たちは自分たちを肯定する。
それって、とっても悲しくないだろうか。
自分たちの国の大事な決まりごとが自分たちの知らないところで決められていく。そんなの民主主義じゃないし、政府がある意味がない。国や政治のことなんてよくわからないし、関心が無いということは、自分や周りの人たちの暮らしに関心が無いのとおんなじことだと私は思う。

そんな中、今私たちには、憲法9条しか残されていない。
その憲法9条を日本各地の方言で言ってみようと言うCD付きの本がある。これがとても心地よい。
私は東京の人間だからピンと来ないと思っていたが、なぜかとっても安心する。たとえば、massunの生まれた地、千葉(館山だけど)バージョン・・・

おんだら、日本国民はの、世界中の人がおたぎゃ(お互い)の立場を認め合ってさ、仲よう暮らしていきてぇてさ、心ん底から願ってんだお。だかんの、国と国が意見合わねぇで、あんだかんだもめてもよ、そうに(そこに)わざわざ行って鉄砲やミサイルなんかで、ぎゅうためくらわして(ぎゅうっという目にあわせて)治めべぇなんてこったぁ、永久にやっちゃおいねぇど(いけないよ)。
そんためにの、軍隊だぁ、武器だぁ、はぁ、もう一切持たねぇって決めたぁだよ。そんでもってさ、国が戦争やるべぇしいにかかってみしゃっせえ(やろうとしてみなさい)、おんだら日本国民はあんがあんでも(何が何でも)認めねぇど。
「全国お郷ことば憲法9条」2004 坂井泉著 

私は、この9条がなくなったら、自分が暮らしたいと思える国から日本が更に遠のくと思っている。
もし、9条がなくなったら、日本人の多くが、戦争をしてもしょうがないと思っていると言うことになるんだと思う。
そんな日本で暮らしたくない。
だから、切実に追い込まれている今、どうしても動かないといけない。





以上です。

少しずつだけど、同じ思いを持っている人を集めて話をし始めています。
次回の集まりは、1月29日(日)です。内容としては「ホテル・ルワンダ」と「イノセント・ボイス」という映画を観賞し、これからのことを話し合います。このブログを読んだ方で、思いを共有できそうな方は誰でも参加お待ちしてます。

なにかあればなんでも連絡してください。
no-war-yes@hotmail.co.jp


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  1. 2006/01/23(月) 20:32:40|
  2. NO war YES
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12
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コメント

 今日、介助に入っている人のおうちでも9条の話をしたよ!

 日本は、まだ戦争をしている国だ。と、私は思う。残念なことに、実感として感じられるほどの力はまだまだ足りないと思うけれど。
 どっかの国の戦争を手伝って、アメリカの機嫌ばっかりとって、ってやってるうちは、絶対に終わらない。
 前回までの戦争だって、天皇じゃなくって実際は今の小泉さんのポストの人が始めたことじゃん。兵器とか作ってる会社に利益を落とすために、いかにもお得で華々しくいイメージ戦略で、もしくは不安を煽って考え方を追い込むことで、日本は戦争の方向にどんどん進んでいる。
 誰も止められないって体制の小泉政権が終わって、メディアが政府の力から完全に独立しない限り、きっとまた戦争は起こるね。
 ・・・なんて人のせいにばかりもしていられないけど。
  1. 2006/01/24(火) 02:11:05 |
  2. URL |
  3. tiharu #-
  4. [ 編集]

>tiharu
日本はアメリカの戦争を手伝ってるから、まだ戦争をしてる国だっていう見方もあるって私も思う。でも、だからどうせなら「戦争を出来る国にしちゃいましょう」っていう動きは、絶対におかしいって思う。こればっかりは、あきらめちゃだめだと思うんだよね。
  1. 2006/01/24(火) 10:21:13 |
  2. URL |
  3. massun #-
  4. [ 編集]

 ほんとそうだね><
 っていうか、
 堀江さんとか欠陥住宅の話とかで騒いでる間に大事な法案決められちゃってたらどうしようって、ちょっと今怖いです。。。
 
  1. 2006/01/24(火) 12:11:42 |
  2. URL |
  3. tiharu #-
  4. [ 編集]

tiharuさんのいう通り!!

日本で、さいしょのbseが見つかったとき、
トップニュースは、9.11でした。

 アメリカの牛肉から危険部位が発見されたとき、メディアはホリエモンばかり流していました。

 大事なことは、大切に報道して欲しいです。


 さて、本題に移りましょうか。
まずは、若い人たちが、このようなテーマで語り合う場を作ってくれたことをうれしく思います。

 私が、農業の扉を開いたのが、2000年。

 千葉県の、花と緑の農芸財団にて、研修生となってからです。

 財団の理事である土井さんが、ベトナム戦争の反戦に尽力されて、思いついたのが、花の心。

 銃口を突きつけるよりも、花を突きつけろ!!

 花が持つ力に、平和への祈りを見出した土井さんは、30年間、花の心を訴え続けました。

 話は変わって、堀江さんの話。彼は、日本の姿そのものでしょう?もともと、資源の無いところから、大国に戦いを挑んで、包囲されたと思っております。

 日本は、小さい国であることを、もっと認識するべきではないでしょうか。

 人間は、テクノロジーが発達しても、飯を食わなければ、生きていけませんので。

 6割以上を、輸入に頼るような食糧事情では、戦争したところで、勝つわけがありません。

 あ、もちろん、戦争自体、しろとは思っていませんが。

 農業には、問題のあらゆる解決の糸口が潜んでいます。

 みんな、農業しようぜ!!
  1. 2006/01/24(火) 22:37:21 |
  2. URL |
  3. アベッカム #-
  4. [ 編集]

戦争ってみんながイメージしているようなものではない。

戦争=銃での殺し合い

間違っている。

戦争は、直接殺さなくても戦争

経済制裁だってそう

昔なら兵糧攻め

一つの戦法

まずは、戦争とはなにかについて勉強するのが一番だと思う。

戦争は、戦争という言葉で簡単に書けるほど簡単なものではないと思う。

ばかな、学生の独り言
  1. 2006/01/26(木) 03:01:14 |
  2. URL |
  3. 武田 成太郎 #-
  4. [ 編集]

勿論、したくないよ。
国家の権力にしむけられて、戦争war(を)起こさないために、ちっぽけだけれども個人の考えがより重要性を増していくそんな時代、、、俺はそう思う。
大切な人を失いたくないし、何より自分自身死にたくないって自己中に思ったりもする。
でも、バカな国が攻めてきた時に、何もしないってのは嫌だな。俺は日本が好きだし、日本という国、文化に誇りを持つ。そのためにも外交で、バカな問題を起こしてもらいたくない。
唯一、原爆を落とされた国、日本。平和ボケしてる国なんていう風潮がない時代に1人、1人の力で培っていきたいね。
やけに、スラスラ書けたなぁ。同じ人間なのに戦争が起こる、そこが一番悔しい。個々人で知り合ったら、生涯の友になれる事があるこの国際化の時代に、国家レベルでそんな機会が失われるとしたら、国なんてなくなっちまえって感じ。アナーキーになろう!!…とは言わないけれど、『戦争』、この問題とても重要よね。
  1. 2006/01/26(木) 03:04:50 |
  2. URL |
  3. D二郎 #-
  4. [ 編集]

アベッッカムさんの言うように、
世界の食料庫と言われるアメリカだからあんなに積極的に戦争が出来るし、
日本はそれに賛同するしかないのかな・・・
って思います。

地球のことを考えても、環境問題とか食糧問題、人口問題とかであとどれくらい持つのかな・・・
って感じなのに何で自分達から壊していくんだろうね。
利己的過ぎるよね。

戦争をする人は、人口削減とか資源確保とかを主張するかもしれない。
でもそれって「自分だけ助かればいい。分だけ幸せになればいい」って考え方が根本にある。

みんなが幸せになれる方法ってないのかな。
最大多数の最大幸福って実現可能なのかな。

戦争反対の理由は知らないこともありすぎてうまく書けません。
もっともっと勉強をしていかなきゃいけないんだと思う。
本当に、日本人みたいな無関心が一番責任重いよね。

自分も含めてそう。
幸せだからすぐに忘れてしまう。。。
本当に恥ずかしくなるよ。
でも知っていくことは苦しくて、悲しくて。。。
何が出来るか分からなくてとても怖くて苦しくなります。
それでも知っていかなきゃいけないんだね。
また忘れないよに、本当に考えていこうと思いました。

上の間違えて乗せての消せなくて。。。すいません。消してください><;
  1. 2006/01/26(木) 10:21:43 |
  2. URL |
  3. みゆ #-
  4. [ 編集]

どうも!初投稿です☆ クレハ、この前の勉強会はおつかれさまー! ツトムっす。
先日、イラクでおととし拘束されてニュースにもなった高遠菜穂子さんの講演会に行ってきました! イラク戦争の実態はなんらメディアには出ていないとおっしゃっていて、(これを「報道の見えない壁」と呼んでいたが)、実際命がけでとった写真や映像をたくさん見せてくれました。そこには、銃弾が飛び交う映像や、銃がそのカメラの方に向けられているもの、子供の遺体、犬にかまれたり、ウジのわいてしまった遺体、そして化米軍が化学兵器(りん爆弾)を使った証拠となる異様な遺体、などなど実に衝撃的なものばかりでした!2時間半も話していただいたのですが、全然聞きたりないぐらいでした。俺たちは、米軍に操られているだけではないか?と思うほど、(いや実際そうもしれない)、俺たちは、イラクで起きている本当の状況を知らないんだな、と思った。書き出すときりがないので、また何か会ったら、きいてください(><)
で、高遠さんは本も出していらっしゃるので、そちらを読んでみたらいいかと思います!(俺も、今読んでいるとこ)  「戦争と平和 講談社」です。ぜひぜひ!!

  1. 2006/01/26(木) 14:02:08 |
  2. URL |
  3. 2TOM #-
  4. [ 編集]

私は戦争を知らない。
知らないけど、知らないからこそ実感したくない。

死にたくはないけど、防衛することで誰かが犠牲になるなら、
死んでも構わないとも思う。

どこかの国で戦争をしているのをニュースで知っても、
あたしは10分後には違う話で笑ってるような人間だと思う。

こういう人、日本にいっぱいいると思う。

でも、あたしは戦争はしない。
今ここで戦争が起きるなら、戦うことより死を選択する。
できるなら生を選択するけどね。
  1. 2006/01/26(木) 20:59:49 |
  2. URL |
  3. ROMIHI #-
  4. [ 編集]

武田さんの意見に対して


 私の認識する「戦争」とは、日本国憲法第9条において、国際紛争を解決するための「武力行使」のことと考えております。

 ある国が、デージーカッターやら、劣化ウラン弾といった兵器を行使して、表向きの平和をつくろったりしたのは、まさに、「戦争」であると思います。

 それ以外の、マネーゲームやら、国際紛争は、「競争」として捉えております。

 小さな畑の中でも、あらゆる命が、「競争」と、「共存」をしながら生きております。

 私がなぜ、殺虫剤などを使用しないかといえば、虫たちが、簡単に、薬剤への抵抗力をつけて進化してしまうからでもあります。

 農業は、自然との知恵比べでもあります。

 
  1. 2006/01/27(金) 20:40:44 |
  2. URL |
  3. アベッカム #-
  4. [ 編集]

武田さんのコメントにたいして

そういった面があることを見逃してはいけないんじゃないかと思います。
あのテレビのまえに唯映されていく枯れ木のようになった貧困国の子どもの腕とか手に、追い討ちをかけるように、その腕とか手を石で砕こうとしているのは誰でしょうか。
経済制裁という声高に言う人間と叫びの声を出す力もなく唯生きる人間がいるのはどうしてでしょうか。
人間を殺す如何なる問題(権力・制度・システム・暴力・・・)にたいしても(それを戦争と言うかは別として)目を瞑ったり、人差し指と中指の間から、世界を見てはいけないでしょう。
ただ、一概に戦争と言っても、問題は複雑で、加害性は自身にもあって、「難しいなぁ」と思っています。
  1. 2006/01/28(土) 22:42:00 |
  2. URL |
  3. クロ #-
  4. [ 編集]

終わらぬ派兵

法律に基づいて、自衛隊の派遣は続いています。
 憲法が改正されたとしたら、自衛隊が、国際紛争の解決手段として認められる場合は、武力行使もありうる、なんてことになりかねません。
 あらゆる社会問題があることは、もちろん、前提として捉えておく必要があります。しかしながら、その解決のために、武力行使を選ぶというのは、やはり早まった考えであると、ッ叫びたいのです。

 かつて、成田空港建設に反対した、農家たちがおりました。国との30年間に渡る闘争は、近代日本の中で最も激しい市民闘争とも呼ばれました。
 この戦いで、4名の死者が出ておりますが、
実際には、農業への夢を奪われ、命を削った人がもっとたくさんいるのだと思います。

 (成田問題に関しては、「僕の村の話」というマンガが出ていますので、それが詳しいです。)
  1. 2006/01/31(火) 06:52:15 |
  2. URL |
  3. アベッカム #-
  4. [ 編集]

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