ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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活字の限界


未だハードな越年を終えての飽和状態から抜け出せていないけれど、明日から大学の授業も始まるので何かすこし書きたいと思う。

筑紫哲也が1月6日の週刊金曜日でこう書いていた。
「ほぼ言語だけが表現の中心になるのは・・雑誌や書籍などの活字文化ぐらいだが、肉体を伴わない表現の限界もあり、読者の側にそれを読み解く能力が要求されるという事情もあって、訴求力は限られている」

最近のコメントを読んでくれていた方はピンと来るかもしれないが、活字(ここではブログ)には伝える限界がある。

特に、若干21歳の大学生である私たちには訴求力や説得力があるわけもなく、あるのは感情論や、自分に素直に生きたいと強く思う気持ちなどのとても弱く、壊れやすいものばかりだ。
一方、読んでくれている人たちは、本当に様々な人たちだと思う。
そのすべての人たちに訴える力は私たちにはきっとない。
伝える力はもっとない。

それでも、今、伝えたいことがある。
共有したい思いや、情報がある。

もちろん、捉え方はそれこそヒトノカズダケあるだろう。

すべてのことをここでは書けない。

でも、なにかのきっかけになればいいと思う。
ここでの伝達や思考だけでなく、ここから何かが生まれるきっかけになればと思う。
しかし、実際、コメントをいただいたり、メールをいただいたらそれになるべく誠実に応えていきたいが、やはり活字には限界を感じる。


実際、会って話をすることが唯一無二、一番の伝達や共有(思いや情報の)の手段であると私は思う。

私たち自身がここで書いたことをまわりの人たちと話すことはもちろん、これを読んでいる誰かが誰かと会って話をするとき、ここでの話題がその場の話題とつながったりしたらいいなぁと思う。



一人で考えることも大切だけど、「自分以外の人からもたらされるものは、自分からはなかなか生まれてこないものばかり」ということを昨年強く感じさせられた。

それを忘れずに、私自身、人と会って、目を見て話をすることを一つ一つ大切にしながらやっていきたいと思う。
そして、ブログだけでは足りない部分を自分の足や頭や声などで伝えたり、共有したりしていきたい。
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  1. 2006/01/10(火) 03:58:20|
  2. kurehaの独り言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

はじめましてッ!! チワですッ(>_<)。 いきなりですが…軽く語らしてもらいますッ(>_<)。

人が人に意思や思いを伝達する方法は様々で活字で話し合うのも、伝達方法の一つである。そりゃ~、直接会って話し合うのが1番の伝達方法だと自分も思う。でも、まず活字で話し合って、活字では限界という感じが出てきて、それから直接会って話し合えば、もっとイイ討論が出来ると思う!! それに漫画の絵とかと同じように、活字での討論が進むにつれて、文章は良くなっていくと思うよ! 筑紫哲也だって、最初から人の心に響くような話は出来なかったと思うし! 自分も忙しくて、コメントはあまりできないけど↓ これからもヒトノカズダケ頑張って下さい(^O^)/
  1. 2006/01/11(水) 21:34:03 |
  2. URL |
  3. チワ #7mmL.4IA
  4. [ 編集]

コメント、ありがとうございます。
はじめましてでしょうか?
私は、伝えるがわの表情や声の抑揚、身振り手振りなどを伴ってもなお、全ては伝わらないと思うので、活字だけだとやはり訴求力・伝達力に欠けると思います。
でも、チワさんの言うように段階を踏んでコミュニケーションをとることも大事かもしれません。
何事も時と場合と人によりけりですかね。
  1. 2006/01/12(木) 12:16:41 |
  2. URL |
  3. KUREHA #-
  4. [ 編集]

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