ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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ベクトルの根元

24,25日は、私も思いがけずmassunと同じように楽しむことができた。
一緒に時間を過ごした友人たちに「ありがとう」を言いたいぐらい。

24日は、大泉の友人4人と、その中の1人の友だちが大坂から出てきていたので20時過ぎから車を出してドライブに出かけた。
4人、私を含めて5人の大泉高校同級生たちは、今までそのメンバーで遊んだことも集まったこともない。
個人的に私とドライバーの男の子が会いたいと思って誘って都合がついたメンバーで、一人は応援団の紅団ホープだった今ではキュービックマニアの男の子、一人はPYYPメンバーで頑張っている元ラグビー部の男の子、そして、高校時代は写真部で今は某女子大の茶道部部長として奮闘中の女の子と、サッカーと数学が好き?なドライバー。
私としては、時間が作れれば会ってゆっくり話がしたかった友人ばかりだったので、呼びかけたのは2,3日前だったのにもかかわらず集まってくれて嬉しかった!ありがとう。

そして、最初は大泉の飲み屋でお通しとチキンでお酒を飲み、すぐに車が迎えに来て、友人とその友達を迎えに新宿まで走った。
4人乗りの車だったんだけど、私が人を呼びすぎて結局6人で乗るはめに。
今になってシートが無事か心配・・

新宿で2人を乗せ、大坂から東京見物に来ているということだったので、東京の名所を回ることに!
まずは東京タワー!tokyotower

イルミネーション見たさに人がいっぱい集まっていたので、六本木のけや木坂を見ながらゆっくりと進み、角を曲がったときにパッと現れたときはさすがの東京生まれ東京育ちもおぉ~っとそろって声を上げた。
そして、東京タワーをなめまわすように見ていたら周辺の高級ホテルの発光ダイオード大判振る舞いに感激し、中まで入って1枚900円の板チョコをみんなで美味しくいただいた。
中心部分がハート型に光る東京タワーも見えたけど、ちょっとデジタルすぎて安っぽいハートだった・・。

その後、東京名所ということで、浅草雷門に向かった。
山谷で活動した後に良く歩く場所だけど、友だちと夜中に行くとなるとまた全然雰囲気が違う。その頃、時間は0時を回っていた。

途中、50CCのバイクでピザやチキンを運ぶサンタの格好をしたお兄ちゃんたちといっぱいすれ違い、その中の1人がバイクごと転んだのを見た。私も去年は朝から晩までケーキを売ってたけど、サンタ役も大変だなぁと思ったりした。

でも、その後、浅草寺で残り1週間の運を確かめるためにおみくじを引いて、お参りをしたらすっかり気分はお正月になってしまった。

その後、そばを食べたんだけど、2時をまわってみんな少し眠くなっているのに、空気をわざと読まない私はどうしても築地に行こう!寿司を食べるぞ!とみんなを困らせ、結局築地へ向かうことに。

そして、そばを食べたおかげで一人千円ちょいで寿司を満足に食らう。
店を出たのが3時頃で、もうおせちの材料を売っている店や、市場のすぐ外の店は品物を並べていて、おせちの中の佃煮の試食までしてきた。

みんなを送り届けて家に着いたのは、6時前。
そんなこんなで、世間のクリスマスの空気をあまり感じずに、マイペースに楽しく過ごすことができた。
最後まで12時間近くずっと一人で運転してくれたYOUに感謝!


・・えっと、ここまで前振りが長かったけど、そんな24,25日を過ごしたり、大学の授業が終わって一段楽して少しゆっくりボーっとする時間ができたことで、ふと自分を見つめなおすことができたみたい。

あたりまえのことかもしれないけど大切なこと。
それが、見えたんだな。24,25日をみんなと過ごしたおかげで。





とっても唐突だけど、私が今までインドや日本で出会った生きにくさを感じながら生きている人たちとどういうふうにかかわっていこうと思ってきたか―

それは、「悲しみや辛さを共有したい、それぞれの場所でそれぞれの問題に向かって努力したり、悩んだりしていることを感じ合いながら、自分の問題に向き合っていきたい」という思いだった。
厳密に言えば、それだけじゃないかもしれないけど、実際、そういう思いが強かった。

それぞれが、生きていればいろんな問題を抱えていることは確か。

でも、生きていれば楽しいことや嬉しいことが、小さかろうが大きかろうがあるのも確か。

私は、楽しいことや嬉しいことを今までかかわってきた困難な問題を抱える人たちと共有することに消極的だった。そう、そうなのだ。
そういう場面は、いっぱいあったし、きっと知らない間に共有してきたんだろう時もあったと思うけど、自分から進んで(というか、意識して)ではなかった。
楽しむための、元気を出してもらうための企画でも、そこから彼らの苦しみとか辛さばかりを掘り起こそうとしていた。そこにしか注目しようとしていなかった。
私にとって楽しんだり嬉しかったりすることは、無意識にそうなっていることなので、目的や意義に位置付けることができなかったのかもしれない。


つらい時にそばにいてくれる友人の大切さは強く感じるけれど、一緒に笑ったり喜んだり、楽しんだりする友人には、その存在があたりまえすぎて感謝したりすることはあまりなかったように思う。もしくは、ありがたみは感じていても、特別な気持ちにはならなかった気がする。

でも、実は、そういう存在こそ人間は必要とするのかもしれない。
親や兄弟姉妹、友人、恋人・・どんな関係でもいいから、そういう存在がいることがその人の支えになっているんだと今は強く思う。


そして、私が自分や、大切な友だち、家族が暮らすこの社会がもっと生きやすい社会になること、いつか自分が子どもを生み落としたくなるような社会にしたい、そう思っているうちに、まずは今、多様な原因で生き難いと感じている人と出会って、自分がその人たちと「生きたいと思える社会」をちっちゃなところから築いていけたら・・と思っていることを思い出した。

その思いがあるからこそ、突っ走ってきたはずなのに・・

いろんなところに伸びたベクトルの根元を少し見つめ直すことができた。


あたりまえのこと、ありふれたこと、日常のこと、いろんな言い方ができるけど、空気が私たちにとって必要不可欠なのと同じように、かけがえのないものはすごく近くにあって、自分ひとりじゃ気づかなかったりする。

このクリスマスには、そんな気づきを大切な友人たちにプレゼントしてもらったような気がする。

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  1. 2005/12/26(月) 04:57:06|
  2. kurehaの独り言
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