ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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お米もいろいろ

新米の季節です。

いつもよりも少し水加減を少なめにして、
ふっくらつやつや炊き上がった新米の香り、
そしてその味は格別です。

五感を刺激する美味しさ。


「好きなお米の品種は何ですか?」

と突然聞かれたら、みなさんは何て答えますか?

「コシヒカリ!」と答えた人。

では、コシヒカリ以外のお米の品種をいくつ知っていますか?


これは、実際に先日私が直面した出来事です。

あるお米をつくっている男性が、
都内で働く女性にたずねた質問で、
その女性は何も答えられなかったそうです。

その時にその男性は「何!?品種もこたえられないのか!」ときつく発言してしまったため、
その女性は少し怒って私に話してきたのですが…。

同情半分、面白さ半分(スミマセン)で聞きました。


実際に、お米の品種に興味を持たずに食べている人がどれだけいるでしょうか。


現在の日本は、かの有名は魚沼産コシヒカリに限らず、
全国どこでもコシヒカリが作られるようになりました。

美味しくてたくさん量がとれて、高く売れますよ…などの、
ありがちな理由ですね。

しかし、日本には元来たくさんのお米の品種があって、
各土地、地域の気候・風土に適したお米の品種がもともとそこにはありました。

その土地の人々によって種が守られ、継承され、愛されてきた品種がありました。

そうやって、先祖代々種とりされてきた品種には、
実は化学肥料や農薬を必要としない品種も多くあります。


宮沢賢治好きの友人におすすめなのは、賢治の愛した「陸羽132号」。

もち米にだって「こがねもち」や「まんげつもち」などの品種があるし、

その他「赤米」や「黒米」などの古代米もあります。


ちょうど先日聞いた話では、各地であまり栽培されなくなった珍しい品種を、
約200種類も毎年育てて、種をとり続けている人が栃木県にいるとかで…。

私のまわりには(有機農業関係者)、その人のことを知っている人が当たり前にいるし、

珍しい品種に興味を持っている人も、育てている人もたくさんいますが、

ふと久しぶりに農とは無縁の世界で暮らす人と出会って、
今日はここに書くことにしました。

コシヒカリを食べるのをやめようというのではないのですが、

お米も人間と同じで、

いろんな人がいるから世の中が成り立っていると思うんです。

みんなそれぞれに役割があって、みんないい。

仕事や勉強ができて、効率のいい人ばかりじゃ、どこかで無理が生じる。

お米にたとえると、

収量が少なくて、
粒が小さくて、
でも病気に強いとか、

いろんな品種を守っていくことで、
もし全国のコシヒカリが病気や特殊な害虫によって壊滅的な状況になった時にも、
地域の在来の品種がその時の私たちの食を支えてくれる可能性だってあるのです。


ちなみに、私が普段食べているのは「ひとめぼれ」で、

織座農園にいた頃は地域の奨励品種の「あきたこまち」などを作っていましたが、

個人的には、「ささにしき」が結構好きです。

残念ながら、その他の珍しい伝統的な品種を常食にするほどのご縁はまだありませんが、
今度ミラで「利き米大会」を開催してもいいかもしれませんね。


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  1. 2010/09/28(火) 21:44:09|
  2. まっすんの寝言
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心に地球に降りていく



おいしいものを食べ、おいしいと感じる瞬間は、誰かと分かち合いたい。

これは、私の奥底から湧いてくる本能と呼んでもいいものだ。


学生の頃から、おいしいもの(こころにもからだにも)を食べることには貪欲だったと思う。

食べることが好きなのがきっかけで、massunとも仲良くなっていった気がする。


外食やテイクアウトなどでできたものを購入して食べる場合も、材料を購入してつくる場合も、価格で食べるものを選んだ記憶はあまり無い。


かと言って、裕福だったというわけではないのだけれど。

むしろ、経済的に言えばその逆だ。

でも、貧しさなんて感じたことは無かった。


文化的に、豊かに、おいしいものを食べて、たくさん愛されて育った。



今日から2連休で、ひさしぶりに丸1日かけてゆっくりじっくり台所と机を行ったり来たりできている。


今日の夜は、田舎町の民家に越した職場の友人宅でパーティがあるため、みんなで食べる料理をつくっている。


ひよこ豆と南瓜のココナッツカレー

初めて本格的につくるチャパティ


そして、お彼岸のおはぎを黒米と玄米で。


おいしくできるよう、気をそそぐ。

インド人が書いたチャパティのレシピにも、「力と気をこめて練る」と書いてあった。



昨日は、ショックなことがあった。

月に2度、長野県南佐久郡八千穂村在住の友人夫婦がやっているひとつぶ農園から有機野菜を提携で送ってもらっているのだが、

配送会社の積み方のミスで段ボールに水が滴り、中までぐっしょりの状態で届いたのだ。

保冷剤の水との説明を受けたが、車の汚れや他の荷物からしみ出たものもあるかもしれないし、

新聞紙にくるんだ野菜は、新聞紙のインクがしみ込んでいそうで、

野菜たちには本当に申し訳ないけれど、返送した。


返送しないと、配送会社で事故扱いとして記録が残らないとのこと。

なんとまあ、合理的だこと。ふん!


その時、畑でとれた野菜に代えられるものなんてない。

ひとつひとつが、いのちだった。


あの野菜たちのぶんまで、気持ちをこめておはぎをつくろう。



さて、明日は、高校の友人が2人我が家まで遊びにくる。

応援団で一緒に汗水流した特別な友人だ。

茨城の良さを感じて帰ってもらえるように、色々とルートを模索中。


暮らし始めてすぐから、今までで、本当に色んな縁があった。

東京よりも1人1人とは距離があるのに、近くに居てくれている様な安心感がある。


自分の根がようやく地面の土に張っていくことを許され、

風が吹いてもしなやかに揺れ、雨が降っても潤いを喜ぶことができるようになってきたのかもしれない。



さて、小豆が煮えた。

ほのかに甘いあんこのにおいで、部屋がいっぱいだ。

午後は、スパイスの香りの時間。



こういう日は、気づくと深い呼吸をしている。









  1. 2010/09/25(土) 12:01:00|
  2. kurehaの独り言
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あゆむとはしる




大学4年の冬だったか、

友人に誘われてハーフマラソンに参加した。


中学のときは陸上部だったけれど、長距離走は得意ではなかった。


ただ、大学時代中期以降は、「少しでもやってみようかなと思ったらやってみる」というスタンスで動いていたので、気づくと多忙なスケジュールの中、手帳には「秦野市民マラソン」と書かれた日があった。


結果は、参加者で時間内に完走した中で最終ランナー。

一緒に参加した大学の友人たちは、10人ほどいたと思うが、みなだいぶ先にゴールしていた。


それまでの人生で、ビリになったことが無かった私にとって、この経験は後にとても活きている。


42,195キロの半分なので、21キロちょっとの最後の5キロ、私の横と後ろには3人ほどの併走ランナーのおじさんがいた。


正直、限界だった。


ろくに練習をしていなかった足は、自分のからだの一部とは思えないほど、重く、かたく、一歩一歩前に運んでいることが不思議なくらいだった。


そんな空気の中で溺れているような私に、隣りで走るおじさんは、走りながらみかんをむいて私に2,3房手渡し、ゴールまで併走してくれた。

そのみずみずしく、甘酸っぱいみかんの味と、一瞬感じたおじさんの手の温もりは、なかなか忘れられるものではない。


あのとき、私は自分の足でハーフマラソンを走りきった。


けれど、あのみかんのおじさんが一緒に走ってくれていなかったら、私は友人たちの待つゴールまで辿り着かなかったと思う。



あれから4年


福祉の現場に身を置いて、

「共に歩む」

というあたかも当事者目線に立てているような視点で支援の立場に立っているが、


そうではないのかもしれない


そう、思い始めている。



私が彼らに求められていることは、あのときみかんのおじさんが私を支えたような、専門的な知識と鍛え上げられた経験知、精神的な体力だ。


共に歩む

のではなく、


併せて走る。



それができるようになるために、こころもからだも鍛えなくては。




そんな決意を新たに、この秋を迎えたい。




  1. 2010/09/16(木) 11:37:12|
  2. kurehaの独り言
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幾重にも


幾重にも重なって、
何とかここまでたどり着きました。

という感覚です。

こんばんは、お久しぶりです。
massunです。

流れ流れて、正職員になり、
色んな人から「おめでとう」と言っていただく中で、
本人が一番現状に戸惑っていました。

これから私はどうなっていくのか…。

珍しく、そんなことを考えました。

月曜日~金曜日まで、東京のど真ん中を走る丸の内線で通勤し、
ビル郡の中で働く日々。

これでいいのかな、と正職員になって2ヶ月間、
ずっと考えていました。

悶々とすることが多い日々…。



先日紅葉と、栃木県と茨城県をドライブしながら、
ゆったりスローな旅をしました。

素敵な暮らし方をしている人たちと出合い、自然な食事をしました。

丘の上から山々や町並みを眺め、夕方少し涼しくなった風に吹かれながら、
色んなことを話しました。



先週の水曜日、本当に久しぶりに降った恵みの雨。
(被害のあった場所もありましたが…。)

この夏、雨が降らず、猛暑日が続き、カラカラに乾いて砂漠化していた畑に、
仕事の前に少し早く起きて、
やっと大根などの種を播きました。



その日の夜は、仕事帰りにポレポレ東中野(映画館)に行って、
山口県上関町の原発建設予定地から4km先の離党・祝島が舞台の、
映画「祝の島」を観ました。

島の人々の自然に沿った、自然と共にある暮らし。
そして同時に生活の一部となった原発反対運動(30年近くつづき、島民の約9割が原発反対派)。
その姿が、穏やかに伝わってくる温かい映画でした。



そして昨日は、
たまたま東京に出てきていた織座農園(有機農業の研修先)の典子さんと一緒に、
千葉市美術館でひらかれている田中一村展へ行きました。


彼の描く動植物、自然の風景は本当に素晴らしい。
ちょっと時間が足りなかったので、もう一度行く予定です。



夜は高校の友人達と、地元の海岸で花火。

波の音に誘われて、足だけ海に入りました。
波のリズム、海の水温、足の裏で感じる砂浜の繊細な柔らかさ。
夏はまだ残っていました。



さて、本日も典子さんとデート。

今日は明治大学駿河台キャンパスで行われている「水俣・明治大学展」へ。

12時から、水俣病患者の緒方正実さんと、写真家の長倉洋海さんのお話を聞きました。

お2人の経験から語られる、実直で丁寧なひとつひとつの言葉を聞き、
展示もゆっくり観て、

夕方には家に戻り、畑に水を播いて(先日播いた大根が発芽していました)、
今これを書いています。



こんなにだらだらと私の予定など書いても…と思いますが、
以上の行動のひとつひとつが折り重なって、
失っていた自信がよみがえってきました。


そうそう、私はこうだったと。


先週からのひとつひとつの行動、
色んな問題や、芸術、自然との出合い。

問題=ネガティブでは決してなく、
そこにはいつも「前向きな力」を私は感じます。


正職員になって、週に5日もコンクリートジャングルの中で事務の仕事をしていたら、
自分が変わってしまうんじゃないかと、
不安になっていたことがわかりました。

でも自分次第で、
というか、私はそんなに簡単に変わらないと、
思いました。

結局、今を生きる、のみです。

今まで出合ってきた数々の、経験。
それは確実に私の中にあります。


日々の仕事にも誠実に向き合いながら、
ちゃりんこ農園や友人や、心地よいと感じる物事を大切にしながら、
相変わらずでやっていきたいなと思えました。


そうそう、この前向きなパワーへのきっかけは、
ある本だったかもしれません。


良く行く自然食品店で先々週買った「自然のレッスン」(北山耕平著)という本。

本の帯に、“街のなかで自然に暮らしていくためには”とあったので、
すかさず購入しました。

中には、私の共感する「当たり前」がたくさん書かれていました。
でも、「当たり前」なことをするのは、意外と忘れがち。


太陽の動きにそって生きていることとか、

地球も人も3分の2が水でできているのだから、水は汚れてはいけないとか、

時間のある時には空を見上げようとか、

ときには休もうとか、

姿勢を正すとか、



柔らかい言葉で、詩として書かれています。

パラパラと読むだけで、心が軽くなっていきます。


行動すること、出合うことは、

準備ができている心と身体には、
とても良く響くことを実感した、最近の事柄たちでした。



以下、上に書いたイベントの詳細。

◇開館15周年記念特別展
 「田中一村 新たなる全貌」
 2010年8月21日(土)-9月26日(日)
 千葉市美術館にて
 開館時間:10:00-18:00(毎週金・土曜日は20:00まで)
 観覧料:一般1000円
 ・田中一村(1908年~77年)は、栃木に生まれ、千葉市に住み、奄美大島へ渡って、
 亜熱帯の植物や鳥などを題材にした日本画を描きました。生前、それらの作品を公表する
 機会もなく無名のまま没した画家です。

◇水俣・明示大学展
 2010年9月4日(土)-9月19日(日)
 主催:明示大学/共催:水俣フォーラム
 明治大学駿河台校舎にて
 時間:10時-20時(日曜日は18時まで、最終日は16時まで)
 チケット:当日券1200円、前売券1000円

◇『自然のレッスン』北山耕平著(大田出版)

◇「祝(ほうり)の島」※全国各地で自主上映中
 監督:纐纈(はなぶさ)あや
 製作総指揮:本橋成一




  1. 2010/09/12(日) 21:44:23|
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提携の有機野菜の料理と映画上映会vol.23


長い長い夏、みなさんのからだは、まだ持ちこたえているでしょうか。


私は暑いのはあまり苦ではないので、クーラーも扇風機も無く毎日すやすや眠れていますが、

さすがにそろそろ「今日も暑いね」で始まる1日にも飽きてきました。



さて、9月の提携の有機野菜の料理と映画上映会のお知らせです。

この頃には、「やっと涼しくなってきましたね」と言って顔を合わせることができるでしょうか。


詳細は以下の通り。


9月20日(月・祝)

11時 OPEN 料理開始
13時 昼食
14時~15時半 映画
18時 CLOSE

会費 1000円(野菜代とミラの利用料)
場所 ミラ(最寄り駅:西部池袋線保谷駅・西部新宿線武蔵関駅より共に徒歩15分/吉祥寺より4番乗り場からのバスで小関降車徒歩10分)練馬区南大泉1-23-9


映画は「ハーヴェイ・ミルク」1985年・米

昨年、ショーン・ペンがアカデミー賞主演男優賞をとった「MILK」の主人公、ハーヴェイ・ミルクという人物を彼の周りの人たちの言葉や残された映像で語られているドキュメンタリーです。


ハーヴェイ・ミルクは、サンフランシスコ市の市政委員で、ゲイの権利活動家。

アメリカで初めてカミングアウトして、選挙で選ばれた人です。

彼は、ゲイムーブメントの代弁者として政治家になりますが、
アジア人や高齢者、労働階級の人々など多様なマイノリティや弱者のために尽力を尽くし、希望と勇気を与え続けました。

今日、私は一足先に映画を観たのですが、彼はどうしてここまで自分の人生をかけて運動ができたのだろうかー

と思いながら観ていたとき、


彼を撃った白人でストレートの男の審判が下り(詳細は映画を観てくださいね)、

運動の原動力はこの世界における「生きづらさからの脱却」なのだと感じました。


生きづらさには、底知れぬパワーがあること、

そして、

人は、生きづらさを、生きやすさを生むパワーに還元していけるということを教えてもらいました。



私も含めた(無自覚にでも)違いを受け入れられない社会の1人1人に訴えかける映画です。


ぜひ一緒に観て、隣りのマイノリティ、そして自分自身へ受容のまなざしを向けてみませんか?



料理の時間や、映画が終わってからの時間に、私が学生の頃活動していた”PYYP(Protect yourserf and your partner)”のイベント上映したウガンダとブラジルのHIV/AIDS陽性者をテーマにして学生が取材したスライドを流して共有できたらと思っています。



セクシャルマイノリティのテーマを出すのは、ミラ会では初めて。


ミラに集う人たちがどのように捉えているか予想ができませんが、
色んな観点から語ることができればと思っていますので、気構えずいらしてください。



参加希望の方、ご連絡お待ちしています。

japanesemaple_7@hotmail.com



  1. 2010/09/03(金) 23:59:36|
  2. イベント
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