ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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地球の信号

林檎

kurehaの写真がとってもきれいで、うっとりしました。
そして、懐かしい。

上の写真は、有機農業で有名な、山形県高畠町の林檎の今です。
先週行ってきました。でも、その話はまた今度。

今日は、安房平和映画祭に行くはずが、
昨日から激しい頭痛で、今朝もお弁当まで準備したのですが、
結局ダウンしました。

強い日差しと、緊張状態が苦手で、
夏は良く頭痛になります。
最近は事務局で働いていても、東京の息苦しさを感じて、
ズキズキとしてきます。

kurehaにも話した、農耕民族の身体の話ですが(笑)、
身体に筋肉がついてきて、
(多少食べすぎもあるんですけど…)ぽっちゃりというか、
がっしり体系になってきたような…気がします。
でも、頭痛の方は相変わらず、
完璧健康体とはいきません。

でも、この頭痛は治るにも時間がかかると思っていて、
薬は2年前から完全にやめたので、
あとはゆっくり付き合っていくしかないと思っています。

現代社会に生まれた人間として、
完璧健康体というのは、難しいことなんじゃないかと思います。

地球環境や社会状態が不安定な中で、
心や身体が反応する方が、自然だと私は思っています。

自分の意識の外で、心や身体が信号を出してくれている。

私の場合、頭痛が出たら「少し休め」という信号なのかなと、
思っています。

「少し休め」という身体の声に耳を傾けて、
みんながゆっくりできる社会になればと思いますが、
それでも働き続けることを求められる社会は、それはそれは大変ですね。

ゆっくりゆっくり、
この頭痛と付き合っていくことが、
今の社会を見直して、考えていくことにつながると、思っています。

それにしても、東京の暑さは異常だと思います。
インドは40℃でも耐えられたのに。
生命力を感じる暑さと、無機質な暑さの違いでしょうか。

人間も、自然と同じ、生命ですからね。

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  1. 2008/07/21(月) 14:00:12|
  2. まっすんの寝言
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トライアングルの先からみた景色


昨日、ひさしぶりにmassunと会いました。

織座農園で日に日に陽射しが強くなる中、一日中身体を動かして暮らしている彼女は、農耕民族の身体を取り戻してきたと、とてもいい顔をして笑っていました。


昨日は、逗子の一色海岸できらきらと眩しい海を眺めながら、お互いに色々語らいました。

念願のわかなぱんのカフェで美味しいランチを食べて、夜勤明けの頭と身体をいい感じに覚醒させてから。

昨日撮ったばかりの逗子の写真はまだあがっていないので、MTKのアデヴァシーと出会う旅の後に、massunとryoちゃんと私の3人で旅した時の写真を載せたいと思います。

訪れたのは、南も南、インドの最南端で撮ったアラビア海とベンガル湾、インド洋を一望できるカーニャクマリという街。

淡くてきれいな色の小さな漁船が並ぶ港と、沐浴場、都会の喧騒とは異なった柔らかな空気の漂うかわいらしくて魅力的な街でした。

日帰りで、インド人や、インド在住の欧米人の観光地であるコーラヴァラムビーチという、インドで一番美しいといわれる砂浜にも行ったのでそのときの写真と一緒に。


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このあいだ、2月まで働いていた精神障害をもつ人たちの作業所のメンバーから、月桂樹の葉っぱが届きました。
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去年の冬に、一緒に壁にかけて干した月桂樹。

「秋山さん、月桂樹の葉っぱどうする?」

お久しぶりと挨拶を交わす間もなく、ついさっきまで一緒に居たような口ぶりで、いつも気にしてくれていたんだなぁと思わせるようなそれはもう優しい声の電話でした。

そして、次の日、ポストにはからっからに乾いた葉っぱの入った封筒が。
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精神病院で、半年あまり働いて、100人以上の精神障害、精神の病を抱える人たちと会ってきました。
短期医療を進めているため、1人が入院する期間は3ヶ月まで。
短い人は、1週間ほどで退院します。

そして、またその人の地域に帰っていく。

病院に入るまで、精神障害をもつ人にとっての地域とは、社会的資源と呼ばれる社会福祉法人や、NPO、役所の福祉、支援センターや、保健所などが手をつないでつくられた土台のもとにあるものだと考えていました。

でも、現実は違っていました。

彼らは、彼らの家族のもとに、仕事場に、友人たちのもとに、戻っていきます。


山谷で、コンビニの店員も、モーニングを出す喫茶店のウェイターも、居酒屋のおばちゃんも、ドヤ(簡易宿泊所)の管理人も、みんな一人一人が、ソーシャルワーカーだと思ったことを思い出しました。


その人の日常に、その人の人生の小さな一コマに、在る一人一人とのかかわりが、登場するコマが多ければ多いほど、その人自身を成り立たせる、生かす、大事な大事なものなんだと、改めて考え始めました。


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私にとって、インドは、忘れたいたものを思い出させてくれたり、新しい何かをもたらしてくれたりする存在ではないような気がします。

私とか、あなたとかいう概念を取り去り、生きとし生けるものすべてに生かされている小さな1つの生命体として、中枢から滲みあがり、込みあがるものの存在に気づかせてくれる、そういう存在です。

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再び、インドの地に足をつけるまでのあいだ、今居るこの場所で、その生命体としての意識を大切に抱きながら一歩一歩歩んでいきます。

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  1. 2008/07/17(木) 10:50:37|
  2. 旅の思ひ出
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ホームステイ


2007年・2008年の南インドの旅の文集が出来上がりました。

4月から同じ大学で学んでいる妹を経由して手にしたとき、とてもあたたかいつながりを感じました。

それは、南インドの地に住むアデヴァシーとの、そして、あの地を共に踏んだツアーメンバーとの、10年の間にアデヴァシーと出会ったたくさんの人たちとの、つながりだと思います。

このつながりが詰まった文集は、私の宝物です。
つくってくれたkanちゃん、kawoに心から感謝します。


今年のツアーで一夜を過ごしたコンダモダル村で出会った人たちの写真を載せたいと思います。


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まわりの友人たちが、確かなものや、自信に満ちた言葉を獲得していく中で、そんな友人たちに違和を覚えながら、私はどんどんわからないものが増えていく日々を過ごしています。

「現実」というものが、どれだけ複雑で、無数のさまざまな要素が絡まりあって存在していて、その中で、時だけが一定の速さで刻まれていく。

もちろんたった1人にとっても。


わからないことがどんな容れものからも溢れてしまうほど増えていくけれど、それは、必ずしも不安や不満や、憎しみや怒り、哀しみや、死に向かうわけではない。

それこそが、生に、喜びに、出会いに向かわせてくれる。


それがなぜだかは、わからないけれど。







  1. 2008/07/08(火) 20:28:17|
  2. 旅の思ひ出
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