ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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人間だもの・・・

精神病院で勤務し出して、早くも2週間が経ちました。

最初の3日半は、認知症病棟で研修をしました。

介護の現場では常識でも、私の身近の出来事としてはだいぶ遠くにあった食事や排泄の介助が主な仕事で、食事を何とか時間通りに口の中に流しこんだら、排泄場へ車椅子を押して行き、いくつも並んだポータブルトイレに順番にオムツを脱がして座ってもらい、出なかったら腹部を押して腸に詰まった便を出します。

午前中、午後と同じことをひたすら繰り返します。

「トイレに行きたい」と言っているときに行かせてやれず、「水なんて飲みたくない」と言っているときに無理やりゼリー状にした水分をスプーンで流しこみます。


「50人もいたら、管理するという立場でいないとやっていけない。」

「認知症だから、自分で生きていくのに必要なことを管理できないから仕方ない。」

「さっき、トイレに行ったことも、ご飯を食べたことも覚えていないんだから。」


研修した現場がすべてではないし、認知症の方たちへのサポートには、よく考えられたさまざまな方法がとられていると思います。そう信じたい。
高齢社会だから目を背けていられない現実であるのと同時に、きっと、誰もが老いと共に(そうじゃない人もいるけど)、共存していかなければならないことだから。

実際、何の応対もできなくなった人のご家族も、「自分もいずれこうなるので」と語っていました。


山谷のシェルターにいたとき、認知症が日に日に進んでいった人がいて、その人とのかかわり方に頭を抱えていたときがありました。

その人が大好きだったのに、何度も同じことを同じように聞かれると、どうしてもイライラしてしまう自分がいて。
それが悔しくて、どんな心持ちで、どう接していけばいいんだろうって悩んでいたら、突然お風呂で溺死されてしまいました。


それから、症状の強い認知症の人とはなかなか出会ってこなかったので、研修現場での日々は、刺激と衝撃でいっぱいでした。


3時間排泄の介助を次から次へやっていた日は、目が回ってふらふらになりました。


そして、ようやく4日目から配属先の精神科の閉鎖病棟での勤務が始まりました。


閉鎖病棟では、社会防衛という名目の下、本人の合意なしに措置入院という手続きがとられ、鉄格子のある24時間監視され隔離される保護室という部屋に入る人もいます。

手足、胴が自由に動かないように抑制したり、車椅子で移動する人にも、暴れたり転倒する危険があるからと下半身をしっかりベルトで抑制します。

「いつ何をするかわからない危険な人物」

という扱われ方を、病院の中でもされています。

これは、一種の拷問です。


そうは言っても、実際、はじめは冗談を言い合いながら抑制のための器具を取り付ける看護師たちを、天使のような悪魔だなと思っていたのですが、人として接してみたら、彼女、彼たちも人間なんだと思うようになってきました。

それぞれの人間関係や、環境があって、悩みがあって、苦しみがあって、喜びがある、尊い尊い人間の1人。


そう考えると、わからなくなってくるのです。


ここらへんが、当面の私の課題。


自分の苦しみや喜びを中心軸として、世界がまわっているのではないことを、
世界のあらゆる多様性のひとかけらが、自分自身だということを、
自覚して生きる喜びと苦しみ。


これを、どう体現していくのか。

どう人と共有していくのか。


そんなことを考えていたら、心が躍ってくるんです。

不思議ですね。




あぁ・・生きるって楽しいですね。





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  1. 2008/02/29(金) 19:59:07|
  2. kurehaの独り言
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身体をめいいっぱい


今日まで半年間、精神障害者の作業所(自立支援法下だと就労継続支援B型施設)で、働いていました。


内容はさておき、往復2時間半の自転車通勤は、35度を超す超真夏日でも、最高気温5度
の真冬日でも、全く苦になりませんでした。


そこに集う人が、私にとってとても大事な、いとおしい、忘れられない存在になるのに、あまり時間がかからなかったから。



意外に人見知りの私は、メンバー(作業をしに来たり、居場所として利用する精神の病を持っている人たち)ともスタッフとも一緒に1時間の昼休みを過ごすことができず、外の壊れかけのベンチでお弁当を食べていました。

そこには、いつも喫煙をしに外に出てくるメンバーがいて。

お互いのことを、少しずつだけど話したり、聴いたりして過ごしました。

1対1だとなんとか自分を保てたのかな。


そのうち、雰囲気にも仕事にも慣れてしまい、ストレスの表れだったと思われるアトピー性皮膚炎もきれいに消え、少しほっとしたのと同時に、自分の根元を掘り返して確認する作業をしないと自分を見失うなと思う日々が続きました。


作業所では、車や耕運機の部品のそのまた部品の取り付けだったり、穴あけ、専門学校の案内の封入、オムツ用のゴミ袋の袋詰め、柔軟・静電気防止剤の箱詰めを主な仕事として行っており、私は、メンバーと一緒に作業をしたり、進め方を考えたり、搬入出や納品をしたりする仕事をしていました。

また、草むしりや公園清掃、特定のメンバーによるハウスクリーニングや病院への野菜販売などの仕事もあり、それぞれがそれぞれのペースや、その日の気分、得意不得意に合わせて作業を選びます。


だいたい10時から15時半のあいだ、1時間おきに10~15分の休憩。

最初と最後にミーティング。


週に2度は、お昼ご飯をもう10年も作りに来てくれている人がいて、手づくりのご飯が食べられます。


そういうところ。



どういうところ?


あんまり、想像つかないですよね。


そりゃあ、そうだよ。

社会にひらいてないもん。



まぁ、それでもがんばってるんですよ。それなりに。


なんて、フォローしてみたりして。



最初の頃は、自分がやりたくないと思うような作業をみんなにやるよう促すことに苦しさがあって、心と身体がそこに収まりきらない想いや、悩みや、苦しみ、痛みを抱えている人が、その大事な時間を過ごすのに、こんな過ごし方は絶対によくない!と思っていました。

3日目にして、「持続可能性のある仕事はないんですかね・・」なんてぼやいてたら、他のスタッフに「え?もう(この作業に)飽きたの?」って言われてしまった。


夏のあいだはずっと、こんな作業、この人たちがやることになんの意味もないし、いい循環や連鎖を生み出すことはないって思って、もっと地に足ついた、心と身体と衣食住を大事にした活動や作業、創作ができるし、そうやって時間を過ごすことが彼らにとって小さな希望とか、尊厳を取り戻すきっかけになると思ってやみませんでした。


思い切って、代表にそんな話をすると、「彼らの願いはふつうになることなの」と、「障害者だから、病気だからそれをやるっていうことじゃなくて、ふつうの人に近づくことで安心するの」と言われました。


そのふつうが、社会的入院という問題を内包していることをもっと見つめたい。

代表と話した帰り、私はそんなことをやや興奮しながら考えていました。



7万5千人とも、14万人ともいわれる社会的入院者の退院促進が、徐々に勢いを増して進められています。
私がいた作業所にも、毎週毎週新しいメンバーが病院から通うようになり、退院の準備に向けた道を歩いたり、走ったり、転んだりしています。

精神科の病院の長期入院への報酬減額、退院促進への加算などがその背景にはあるのですが、地域や福祉の支援の受け皿は、想像を絶するほど乏しいのです。
数はもちろん、質についても足りないことだらけ。
全然追いつきません。


そもそも彼らには、病院内で人間として扱われてきていない長い歴史があります。


閉鎖病棟

鉄格子の保護室

行列のできるラーメン屋みたいに落ち着かない風呂が週に2回だけ

家族との面接もすべて監視つき
(注:病院にもよるし、少々昔の入院時の話から抜粋しているものもあります)

こういう世界に身をおいたら、自分のうちに引きこもりきるか、架空の何かを聴いたり見たりすることで気を紛らわすことをしないと、生き延びられない。


いつここを出られるのか、まさか自分の意志で出られるなんてことはつゆ知らず(医師が退院に前向きでも患者が退院したくなければ、話はなかなか動かないという他の一般病棟ではありえない状況が精神科病棟にはあります)、ただ流れるときに身をまかせ、気づいたら以前できていたことができなくなって、自分が自分なんだか何なんだかわからなくなり、病気のせいで人生を諦めざるを得なくなったと、心と身体の叫びもむなしく、つぶやく日々。



「生きてるあいだに退院できてよかったよ」


昨日、辞めることを告げた直後に笑顔で固く握手をしてくれた彼は、入院時の人間として扱われない辛さを話した後に、そう私に言いました。

今日は、その言葉を思い出すたびに涙が出てきて本当に困った。

昨日、今日・・だけに限らないけれど、ほんとうに一人一人を抱きしめたくて仕方ない衝動に駆られました。

そういう存在と出逢えたこと自体が、私を充たし、支える。


最後のミーティングでは、涙をこらえるのがやっとで、「ありがとうとしか言えません」なんて、どうしようもない最後の挨拶をしました。


みんなのありのままの姿にどれだけ励まされたか・・そのままでいられる場所がここだけで、この仲間といるときだけという現実は、どうしても変えていきたい現実。

でも、その現実を受けとめて生きることが、彼らの日々。


私は、そこにどうかかわっていくのか。



月曜から、精神科の病院で働くことになりました。

急性期の閉鎖病棟。

どんな世界で、どんな人たちが住んでいるんだろう。


身体をめいいっぱいつかって、地面を這い蹲るような学びを。


彼らとの出逢いを絶対に無駄にはできないから。



  1. 2008/02/15(金) 00:39:47|
  2. kurehaの独り言
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バレンタイン


昨日は映画を3本観ました。
kurehaも宣伝していた、ポレポレ東中野の「食べる」映画特集から、
『不安な質問』
『満山紅柿 上山 柿と人とのゆきかい』

と、『いのちの食べかた』
です。
薬漬けの野菜たちも、ギュウギュウにつめ込まれたブタやニワトリや牛たちも、
ぜーんぶ人間に見えました。
人間だって、変わらない生き方をしている。

満員電車も、学校の教室も、街中も、病院も・・・。

食べ物の安全・安心って、
それよりもまず、今の自分をひとつの生命としてみたときに、
本当に生きていますか?
生命エネルギーが泉のように湧いていますか?
ふさがれていませんか?
フタされていませんか?

どろんこになりたい。
汗がかきたい。
ぶつかって、汚れて、それで日々、毎秒、
自分の身体がまだ生きているって感じられたら、
痛くてもそっちの方が幸せかもしれない。

笑えるきっかけも、その痛みの中にあるかもしれない。

そう感じました。

最近、電車が辛いです。
ひとつひとつのいのちを尊重するなら、
スペース(余裕のある)の確保って、すごく重要だと思う。
畑で、大好きな仲間と、
2mも3mも離れて農作業をしながら会話をする、笑う、歌う。

満員電車で、知らない人と肩がぶつかって、すごく窮屈で、
何も言わず、閉じていく、閉ざしていく・・・。

閉ざしたら、麻痺して、それも平気になる。
けど、考えれば考えるほど、ピリピリしてくる。

今日はバレンタインデー。
またストレスを溜め込んで、満員電車に乗って帰ってきたら、
織座の大好きなゆっこちゃんからバレンタインのプレゼントが届いていました(上の写真)。

手作りビスコッティに、びっくりかわいいパンの贈り物。
それに、嬉しいお手紙。

明日はセミナー。
忙しいけど、色んな人に伝えたくて、
農閑期の今は毎日事務局に通っています。

2007年度 食と農の市民セミナー
みんなの有機農業 [連続講座]
『第11回 田中正造と有機農業(自分の鉱毒を止めるために )』

■日 時:2008年2月15日(金) 午後6:30~8:30

■会 場:文京区男女平等センター(和室)
    (文京区本郷4-8-3 TEL 03-3814-6159
     (東京メトロ丸の内線・大江戸線「本郷三丁目駅」徒歩約7分)

■参加費:一般1000円、会員800円(資料代含む)


それから、
お知らせが遅れましたが、
こちらが超重要でした。
会員以外の人も、どしどしご参加ください(毎日忙しいのはこのためでした)。

~全国有機農業の集い 2008~
第36回 日本有機農業研究会全国大会・総会のご案内 
大会テーマ「つながるいのち つなげるいのち」
有機農業推進法制定2年目へ向けて

■会 場
 [大会、種苗交換会、講演会] 日本青年館 国際ホール(3階)
 [総会]           日本青年館 501号室(5階)
 (〒160-0013 東京都新宿区霞ヶ丘町7番1号 TEL: 03-3401-0101 [ホテル代表])

■日 程
[一日目 3月1日(土)]―――――――――――――――――――――――――――――

【大会】 日本青年館 国際ホール(3階)
 ●受付開始   12:45~
 ●開会・挨拶  13:15~13:35
  来賓挨拶
 ●基調講演   13:35~14:35
          テーマ「創立者一楽照雄と有機農業」
          講師 坂本尚さん(農山漁村文化協会副会長)
 ●シンポジウム 14:45~16:45 
          コーディネーター 安田節子さん(食政策センタービジョン21)
              パネラー 白根節子さん(所沢生活村)
                   若島礼子さん(安全な食べものをつくって食べる会)
                   古野隆雄さん(福岡 生産者)
                   舘野廣幸さん(栃木 生産者)
                   林 重孝さん(千葉 生産者)
                   魚住道郎さん(茨城 生産者)

【懇親会】 日本青年館 「富士の間」(4階)
 ●受付開始   17:00~
 ●懇親会開始  17:30~ 「有機の食べもの大集合」

【分科会】 日本青年館内(会場は当日発表)
 ●分科会内容  21:00~23:00
  ①新規就農を語ろう(青年部)
  ②田畑から平和を語ろう
  ③食と農を語ろう
  ④有機農業推進へ向けての動き
  ⑤有機農業ビデオ上映

[二日目 3月2日(日)]―――――――――――――――――――――――――――――

【種苗交換会】 日本青年館内 「国際ホール」(3階)
 ●受付開始   07:30~
 ●種苗交換会  08:00~09:30
  ※種苗を提供してくださる場合は、種苗に説明文をつけて小分けをしてください。

【2分間スピーチ】 日本青年館内 「国際ホール」(3階)
 ●スピーチ参加登録  前日~09:30
 ●2分間スピーチ09:30~09:50

【記念講演】 日本青年館内 「国際ホール」(3階)
 ●受付開始   09:30~
 ●講演     10:00~12:00
          テーマ「生命とは何か? 食べ続けることの意味と有機農業」
          講師 福岡伸一さん(青山学院大学教授 分子生物学)

【第36回日本有機農業研究会総会】 日本青年館内 501会議室(5階)
 ●受付開始   12:45~
 ●総会     13:00~15:00


―――――――――――――――――――――――――――――

■参加費
①全日程参加A          19,000円
 (日本青年館への宿泊費込み・朝食付き)
②全日程参加B          15,000円
 ※この「B」区分で参加できる方は、学生・研修生・新規就農者に限ります。先着40名、事前登録制です。事務局にご連絡ください。
③全日程参加(宿泊なし)     10,000円
④全日程参加(宿泊・懇親会なし)  4,000円
⑤1日のみ参加           2,000円
⑥懇親会のみ参加          6,000円


■申込方法
 振込用紙に上記内訳と氏名・性別・連絡先を記入した上、合計金額を締切日までにご送金ください。送金受領をもって、申込とします。

 [ゆうちょ銀行振替口座] 00170-7-779822  [口座名称] 日有研大会実行委員会


■申込締切日 2008年2月18日
(☆18日を過ぎても、随時参加申し込みを受け付けています。事務局にご連絡ください。)

■交通
 ●電車の場合
  ・JR中央、総務線各駅停車 千駄ヶ谷駅より徒歩9分 信濃町駅より徒歩9分
  ・地下鉄銀座線 外苑前駅より徒歩7分(渋谷寄り改札口を出て、3番出口)
  ・地下鉄大江戸線 国立競技場駅より徒歩7分(A-2出口)
 ●お車の場合(駐車料金は別途かかります。宿泊の場合は1日1500円。要予約)
  ・首都高速道路4号線 外苑ランプ(上下線)
  ・首都高速道路3号線 渋谷ランプ、または池尻ランプ(上り)3号線高樹町ランプ(下り)


「有機農業研究会なのに、こんなに忙しいのは変だ!」
とぼやきながら、がんばって準備しています。
1日目が、私の好きな人たちが喋るので、特に聞きに来てもらいたいです。
是非お越しください。
(もちろん織座メンバーも参加します☆)

  1. 2008/02/15(金) 00:17:12|
  2. まっすんの寝言
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脱ひきこもり

これまで自称「歩くひきこもり」と散々言ってきました。


でも、もうそれは、やめることにします。


massunはじめ、親しい人にこそそう言って、距離を保つようにしていました。


誰かと寄り添い合って生きたとしても、いつか離れるときの辛さに私は耐えられない。

そう思っていました。



それでもどこかで、こう言うことによって、傷つくことからも逃げているけど、愛することからも逃げているんだと思っていました。



12月に、30年ほど釜ヶ崎でボランティアケースワーカーをしている女性に会いに行き、今の自分、今までの自分の話をしていたら、なんだか無意識下にいた自分もたくさん出てきて、歯止めがきかなくなりました。


きっと心はこぼしたくて仕方なかったものたちが、ぼろぼろとこぼれて、すっからかんのバケツのような気分になりました。


「自分に自信がないのね」


彼女から言われたその言葉は、身体中にずっしりと重く響きました。


すっからかんになるまで話したからかな。



それから、2ヶ月が経ちました。


気をつけて考えてみると、私には心を寄り添い合わせて、その存在に支えられて生きている人が周りにたくさんいることに気づきました。


そんな人たちに、「私の心はひきこもっている」と言うことが、どれだけひどいことなのか。

ようやくわかり始めました。


そして、私自身もそうありたくないことがわかってきました。



実際に、去年の4月から6月までの2ヶ月間、私は夜勤の仕事以外はほとんど家に居て、机に向かって教科書を読んでいるか、ソファで横になっていました。

その期間は、仕事をしていないときは、家族以外の人とはほとんど会わず、話さず、このままなにもしなくても生きていけるんじゃないかという錯覚に陥りそうになりました。

いわゆる、ひきこもりに近い状態。


あの2ヶ月は、きつかった。

心底、自分が好きになれなかったし、世界とのつながりを全く感じられなかった。



意識だけじゃなく、身体ごと世界に向けて飛び出していくことができたとき、ものすごく気持ちいいし、怖くてドキドキするけど、きっとひらける。

想像が及ばない世界を、1人1人がひらいていける。

想像が及ばない自分と出会うことで。


そんな、可能性を自ら捨ててしまわないように。


釜ヶ崎の大先輩からのメッセージの欠片を、私はそう受けとめました。



これからも、まだたくさんある欠片を、一つ一つ拾い集めていきたいな。


  1. 2008/02/12(火) 18:21:38|
  2. kurehaの独り言
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生きててよかった


今日のお昼は、焼いた玄米餅の入った味噌汁。

味噌も玄米も織座農園育ち。
少しだけど、私のこの手も味噌をこね、田植えをし、稲を刈った。


あぁ、なんておいしいんだろう。

身体中から聴こえてくる。

おいしい おいしい おいしい・・・おいしいっ!!!


この「おいしい」を、誰と共有したいんだろう って考えたら、山谷で出会ったおっちゃんや、おばあちゃんたち、作業所のみんなの顔が浮かんだ。

最近、知り合った精神病院に入院中のおっちゃんは、数年前まで山谷の路上で寝ていたらしい。
お金は一銭も持っていなかった。

食事は、どうしていたのかと問うと、「ぜんぶ万引き」と小声で言った。


万引きしたものを食べたとき、身体は、心は、どんな気持ちだっただろう。


食の問題は、イコール「生の問題」だ。

心底、大事にしたい。大事に考えたい。


「おいしい」を共有したいと想う人が増えるたびに、その気持ちが強くなる。


2月2日(土)から15日(金)まで、東中野のポレポレ坐で「食べる」映画特集が開催中だ。
上映作品は、以下の22作品に及ぶ。(タイムテーブルはこちら。)

【キッコーマン―醤油と食生活】プログラム (4作品・計104分)
懐石料理―その心と作法―』
(1976年/日本/22分)
監督・脚本・編集:重森貝崙
今日では珍しくなった和室に座し和服で食す機会。懐石料理はそういった珍しい機会のひとつである。懐石料理を食べる際に気をつけたいこと、知っておきたいことをまとめた、「キッコーマン・食べるシリーズ」の第一作。

三歳児・食べるよろこび
(1976年/日本/27分)
監督・脚本・編集:重森貝崙
三歳児にとって“食べる”という行為は心の成長と深く結びついている。練馬のとある三歳児・誠一郎くんの生活を記録することで、子どもと“食べる”行為の関係を考察する。「キッコーマン・食べるシリーズ」の第二作。

お料理上手になるために ふたりのクッキング プロに聞く味の秘訣
(1977年/日本/20分)
監督・脚本:湯本昌/山田礼於
映像と食の深い繋がりを表しているのが、現在テレビで多く放映されている料理番組・グルメ番組である。“食べる”という行為は映像によって、より生々しく表現される。この作品は、料理人がコツを説明しながら料理をする作品である。ここに“食べる”映画のひとつの典型がある。「キッコーマン・食べるシリーズ」第三作。

現代しょうゆ事情―アメリカを行く―』
(1981年/日本/35分)
監督・脚本:播磨晃
太平洋戦争の真っ只中、日系人収容所に醤油が届けられると彼らは嬉しさのあまり小躍りしたという。日本人のアイデンティティともいえる醤油が、アメリカではどのように受容されているのかを追った。海外でもテリヤキソースやすき焼きなどで醤油は愛用されていた。海外での醤油事情を記録した作品。


人間の街―大阪・被差別部落―』
(1986年/日本/80分)
監督:小池征人 音楽:小室等
被差別部落の人々の様々な語りから、その差別の重さを感じさせる作品。いくつかの物語をつなぎ合わせて拾い集めた、人間のもつ輝き。障害者、水俣出身者、住宅要求闘争、解放運動、そして屠畜。屠畜技術者が小学校に出向いて自分の仕事について子供たちに語りかけるシーンは圧巻である。「“誰れかが牛殺さな、たべてかれへんねん、肉たべられへんねん”て言えるくらいな、みんな子供になってほしいなと思う」。

松前君の後輩の映画
(1993年/日本/83分)
監督:大木裕之
映画・美術・パフォーマンスなど、分野を超越して活躍する映像作家・大木裕之による“松前君シリーズ”第5作。このシリーズは、毎年正月前後に北海道松前町で撮影され、今年20年目を迎える。16mmフィルムで丹念にフレーム化された映像は息をのむほど美しい。幾度と無く登場するラーメンは、観た者の多くに「ラーメンが食べたくなった」と言わしめた。美学的“食べる”映画。

肉“Meat”
(1976年/アメリカ/113分)
監督・製作・編集:フレデリック・ワイズマン
「牛」は如何にして「肉」になるのか。牛はトラックに載せられ牧場の外へと連れ出され、巨大精肉工場で製品化され、市場に送り出されていく。この作品はその全工程をただ静かに記録する。これは「牛」ではない、「肉」である。その唯物論的な世界は決して異世界ではない。


【東京シネマ―食の科学映画】プログラム(3作品・計75分)
うま味と生命
(1968年/日本/27分)
日本で独自の発達を遂げた「うま味物質」の研究。昆布から抽出されたグルタミン酸は、蛋白質を、イノシン酸やグアニル酸は核酸を構成する、いずれも生命にとって不可欠な物質である。これはうま味と生命の間の微妙な関係を暗示している。この作品は、その化学的製法の工業的発展をもたらした生化学や、応用微生物学の科学的基礎をカ強く映像化した。

生命の牧場
(1966年/日本/30分)
微生物は、その体の中にとりこんだ養分をもとにして、分解・合成をくり返し、蛋白質を作ってさかんに増殖する。何百万種あるか判らない微生物のその生活活動の中から、人間にとって有効な働きを見つけ出し、改良を加え、その生合成を工業化して必要な物質を大量生産する、醸酵工業の真随を描き出した作品。

選ばれた乳酸菌
(1965年/日本/18分)
この映画は、人間の腸の中で整腸の働きをする乳酸菌に着目し、悪性の細菌との関係、腸の細胞との関係などを顕微鏡微速度撮影を駆使して追求した。科学者は、この細菌を人為淘汰して乳酸菌シロタ株を育てた。これを大量に腸におくりこんで、腸の健康を守ろうとする。


アルプス・バラード』“Alpine Ballad”
(1996年/スイス/100分)
監督:エリッヒ・ラングヤール
20世紀末のアルプスの酪農一家の日常。豚に餌をやり、チーズを作り、牛の乳をしぼり、肥やしを蒔く、冬になると材木を削る。説明も分析も美化もなく、映画の中には言葉も台詞もほとんどなく、カメラはただゆっくりと動く。風景の息を呑むほどの色彩。詩的で官能的なイメージ。この映画の威厳溢れるゆったりとしたテンポは、観客の心を自由に漂わせ、自身に反映させ瞑想することのできる心理的な空間を与えている。

不安な質問
(1979年/日本/85分)
監督・脚本・構成:松川八洲雄
1970年代初頭、自分たちの農場を作り運営する都市生活者コミューン「たまごの会」の、その険しい道のりをエネルギッシュに描く。「たまごの会」は、筑波山のふもとに農場を造って家畜を飼い、田畑を耕し食糧を製産する。“食べる”という行為をラディカルにみつめた、ドキュメンタリー史に残る傑作。


【漁】プログラム (3作品・計99分)
荒海に生きる―マグロ漁民の生態
(1958年/日本/33分)
高知県室戸岬の漁業で生計を立てている村の人々は、この村に漁港がないので神奈川県浦賀港を根拠地としている。100トンに満たない乗組員22人の木造船でマグロ漁に出発、荒波を越え4500マイル彼方の太平洋上、水爆実験が行われているクリスマス島付近までも出漁する。見習いで乗り組んだ18歳の少年を中心に、漁夫の船内での生活、漁の実際などを丹念に描写、その厳しい2ヶ月の労働を描く。

世界の漁網
(1964年/日本/26分)
監督:竹内信次
この時代、合成繊維の漁網は天然繊維の漁網にとってかわろうとしていた。この映画は、合成繊維のさし網、小型・中型定置網、ひき網、まき網による日本の沿岸漁法を中心に、世界の海にひろがって愛用される合成繊維漁網の現状を紹介する。

流網船』“Drifters”
(1929年/イギリス/40分)
監督・制作・脚本・編集:ジョン・グリアスン
ドキュメンタリーの神様ジョン・グリアスンによる映画史に輝く名作。1929年に発表されたこの作品は、英国漁業の中のニシン漁にポイントを絞り、出航から操業、帰港、流通までを丹念に記録している。物理的な作業工程だけでなく、活気のある人間ドラマとして仕上げている。短いカットを効果的に使った編集技法により、彼に続く多くのドキュメンタリー作家に多くの影響を与えた。


【米、麺、ビール】プログラム(4作品・計84分)
ビール誕生』(1954年/日本/15分)
 監督:柳澤壽男
太陽の恵みをたたえて結実する健康なビール麦のいのち。さわやかな高原に開く可憐なホップの花のいのち。たくましく繁殖する酵母のいのち。ビールは、この三つのいのちに溢れた健康的な飲料なのである。麦畑、ホップの選別、ビール瓶の大行進…カラーフィルムによる映像は限りなく美しい。日本で最初のカラー短編映画ともいわれる、巨匠・柳澤壽男の初期の傑作。

新しい米つくり
(1955年/日本/30分)
監督:丸山章治
冬が長く、春が訪れるのが遅い東北地方では、早植え増収は農民たちの願いである。新しい電気苗代の方法によって不順な天候を乗り越え、ついに見事な秋の実りを迎えるまでの一年間。新しい米つくりの記録。

即席ラーメン
(1970年/日本/18分)
監督・脚本:上野耕三
この映画は、インスタント食品の花形として脚光を浴び、大衆に親しまれている即席ラーメンがどのようにしてつくられるか、品質管理や研究開発がどのように行われているかを記録した作品である。ベルトコンベアを流れる即席麺は私たちの胃を敷き詰めるタイルのようである。


(1975年/日本/20分)
監督・脚本:上野大梧
日本人の食生活のパターンは、戦後に大きく変化した。なかでも様々な麺類が私たちの生活にとけこんでいる。うどん、そば、そうめん、中華めん、スパゲティなど、世界中の麺が、日常の中にある。昔ながらの麺の作り方、麺の特質などを紹介し、さらに上手な調理方法や安心して麺を選ぶ目安となるJAS規格なども紹介する。


ダーウィンの悪夢』“Darwin’s Nightmare”
(2004年/フランス=オーストリア=ベルギー/112分)
監督・構成・撮影:フーベルト・ザウパー
生物多様性の宝庫であることから「ダーウィンの箱庭」と呼ばれるヴィクトリア湖。その湖に、今から半世紀ほど前、ささいな試みから、新しい生き物が放たれた。この大食で肉食の外来魚ナイルパーチは、もともと生息していた魚の多くを駆逐しながら、どんどんと増え、状況は一変。湖畔の町にはナイルパーチの一大魚産業が誕生し、周辺地域の経済は潤う。しかし、一方では、悪夢のような悲劇が生み出されていった。

満山紅柿 上山 柿と人とのゆきかい
(2001年/日本/90分)
監督:小川紳介/彭小蓮
この作品は、小川紳介と小川プロが『1000年刻みの日時計―牧野村物語』(1986)のために撮った“紅柿篇”と呼ばれる5時間半もの未編集フィルムをもとに、舞台となった上山の人々の手によって13年の時を経て完成した。山形県上山の紅柿は元々とても渋いが、人間が細やかな手仕事で極上の甘味の紅干柿に変える。カメラはその全行程を艶やかに描く。紅柿の風土、紅干柿の伝統、渋柿を甘く変えていく奇跡の時間。

オレンジ』“Orange”
(1998年/イスラエル/58分)
監督:アモス・ギタイ
イスラエル建国以前からパレスチナの主要な輸出産物であったオレンジ生産に関するドキュメンタリー。1930年代の写真と現在のユダヤ人経営者、研究者、アラブ人労働者などの発言を対比させながら、国家経済の発展と産業の近代化にともない、民族間の分断が激しくなった現実を逆照射していく。イスラエル問題を食の視点から突き詰めた、カンヌ映画祭常連の奇才アモス・ギタイによるドキュメンタリー。


そして、11月に行われて大盛況だった国際有機農業映画祭の番外編が、2月18日(月)に開催される。

トークイベント
【知っていますか?進む種の独占】


第一部 種の国際支配に対抗する 18:30~
「食の未来」(2004/米国/90分)上映
「種子をまもれ!」(1994/インド/30分)上映

第二部 進む種の独占とぼくらの選択 20:30~
トーク
「バイオ企業と生物特許」 安田節子(日本有機農業研究会理事)
「貿易協定と特許」 佐久間智子((「環境・持続社会」研究センターJACSES)
「自給はいかが?」 山田勝巳(自然農生産者・日本有機農業研究会理事)
会場とフリートーク

場所 UPLINK FACTORY
    渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1階
入場料 1800円(当日のみ)
主催 日本有機農業研究会科学部
    アジア太平洋資料センター(PARC)


これだけの映画を観ても、食という日々の生のいとなみを大事にしていくことがなされなければ意味がない。

おいしい!!!あぁ~、生きててよかった」を共有する人とたくさん出会おう。



  1. 2008/02/09(土) 14:27:48|
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現実を受けとめる

ドキュメンタリー映画や、社会問題をとりあげた映画の後、映画館を一歩出て目の前の街とのギャップに戸惑うことがよくある。

どっちが現実なのか、頭の中で2つの世界がビリヤードの玉みたいに弾き合って、重なってくれない。

そして、しばらくするとどっちが現実でもよくなってくる。


そんな日々のむなしい繰り返しに終止符を打ってくれる映画に、もしかしたら、この映画がなるかもしれない。


映画『ビルマ、パゴダの影で』


軍事政権下のビルマ。
昨年の9月には、日本人ジャーナリストが犠牲になった。
銃殺された長井健司さんが亡くなるまで手放さなかったカメラとテープは未だミャンマー政府が返そうとしない。


ビルマについて私は、私たちは、何を知っていて、どんなつながりをもっているんだろう。


観光用PR番組の撮影をするという口実で、戦闘下の国境付近まで反政府軍と共に撮影に入ったスイスの女性ジャーナリストは、

「ビルマの今の状況は、40年間変わっていない。40年前に撮ってもきっと同じ内容の映画になった。なにもしなければ、10年後も同じ映画が撮られるだろう。私は、なにか変化が起こるまで、かかわりつづける。」

と、強い意志を語った。


ビルマでは、今この瞬間もミャンマー政府軍による少数民族への拷問、収容、虐殺、レイプ、村々の焼き払いが行われている。

なぜなんだろう。


「個人的には、人を殺したくない。殺されたくもない。
けど、決断しなければならない。
耐え続けるか、戦うか。」

情報は軍事政権によって管理されているけれど、上のような言及から感じたことは、映画に出てくる難民や孤児、反政府組織の若者たちは、自分の身に起こっていることが、なぜどのように起こっているかを知っているということ。

そして、それを静かに受け止めている。

そんな印象を受けた。

日本人の私たちは、1人の人として自立した考えをもち、経済的に自立し、自分で考えてそのとおりに動くことができる境遇にいながら、今、自分の身に起こっていることが、なぜどのように起こっているかを知っているだろうか。受け止めているだろうか。


私たちが、目を背けられない現実がもう一つ。

ビルマの軍事政権を経済的に支えているのが、他でもない日本の援助である。


私は、4年前に初めてインドを訪れたときに、ゴダヴァリ河へのポラヴァラムダムの開発に日本がお金を出すはずだったということを聞かされて、身体中が震えたことを思い出した。

人権は、お金では買えないし守れない。

では、どうしたらいいんだろう。


まずは、この映画を観てみる。

現実を、しっかり重ね合わせてみる。


ビルマだけじゃない。

バングラディシュのチッタゴンでも同じことが起こっている。

日本やインドで難民として暮らしている友人を想う。

映画の中でも、両親が政府軍に撃たれて死んだことを淡々と語る10歳あまりの子どもが出てくるが、私の友人も父親を目の前で殺されている。

それを、語るときの彼のまなざしはとてつもなく強い。

私にはそれを受け止められるかわからない。

けれど、一緒に時間を過ごし、真剣に語ったり、笑い合ったりすることはできる。


ビルマで暮らす人たちとそういう関係を築くことは、今すぐはできないけれど、日本にも難民として暮らすビルマ人が多くは無いが、いる。

そんな彼らとかかわることで、映画やWEB上だけではなく、自分の現実と彼らの現実が重なり合う。



この前、私は苦しみとは、きわめて個人的なものだと書いたけれど、苦しみの原因となる問題にかかわる人は、数限りなくいる。



それは、あなたでもあり、私でもある。





<関連するイベントの紹介>

「ビルマ パゴダの影で」上映+トークイベント
日時 2月6日(水) 
    午後6時半開場 上映・午後7時~8時14分 トーク・8時20分~9時半
会場 築地本願寺 ブティストホール
ゲスト 在日ビルマ人カレン民族の女性
     根本敬教授(上智大学外国語学部・ビルマ近現代史専門)
     アイリーヌ・マーティー(「ビルマ・パゴダの影で」監督)
料金 1800円
    

写真展 ビルマ2007 民主化運動:高揚、弾圧、現在
会期 2008年2月5日(火)~15日(金)
    午前9時~午後7時
会場 共同通信社本社ビル 汐留メディアタワー3階

タイアップ トークイベント
「Free Burma NOW!! 今、ビルマは?」
宇田有三(フォトジャーナリスト) × アイリーヌ・マーティー
2008年2月8日(金)午後6時~8時30分
入場無料
HP:http://www.burmainfo.org/events/200802exhibition.html



連続勉強会「先住民族・マイノリティにとって和平協定は希望か?
~3つの先住民族抗争の和平協定から考える~」


第1回「グァテマラの和平協定11年と先住民族の権利: なぜ和平協定は履行されないのか」
講師:藤岡美恵子(反差別国際運動グァテマラプロジェクト/法政大学非常勤講師)
    青西靖夫(開発と権利のための行動センター)
コーディネーター:中野憲志(先住民族・第四世界研究)
日時:2008年2月16日(土)午後2時~午後4時
場所:「東京麻布台セミナーハウス」中研修室(東京都港区麻布台1-11-5)

第2回「3度目の和平協定は成立するか?-停戦10周年を迎えたナガランド」
講師:木村真希子(市民外交センター)
日時:2008年3月16日(日)午後2時~午後4時
場所:「東京麻布台セミナーハウス」中研修室(東京都港区麻布台1-11-5)

第3回(最終回)「バングラデシュ・チッタゴン丘陵の和平協定から」(仮題)
「和平協定に必要な条件とは 3つの事例のまとめから」
講師:トム・エスキルセン(ジュマ・ネット副代表)+下澤嶽(ジュマ・ネット代表)
2008年4月19日(土)午後3時~午後6時場所:未定

参加費:毎回500円(ジュマ・ネット会員は無料)主催:ジュマ・ネット
申し込み:ジュマ・ネット事務局Email:office@jumma.sytes.net
勉強会情報:http://daily.jummanet.org/?eid=668982


<関連HP>

aapp(Assistance Association for political prisoners 《Burma》)
:投獄・拷問の現実が詳細に記録されている

Democratic voice of Burma:ビルマの報道機関


  1. 2008/02/06(水) 01:17:27|
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