ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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「とうきょうとっきょきょかきょく」と遺伝子組み換え


サンタさんからのプレゼント(現金)で髪を切りました。
前日に「サンタさん来るかな~♪」とは言ってみるもんですね。

みなさん、タイトルはかまずに言えましたか?
ちなみに、東京特許許可局は存在しません。
特許権を与えるのは特許庁のみです。
というのは、有名な話でしょうか。

では今日はまだ多くの人に知られていないであろう、
ある特許のお話をしましょう。
(パチパチ。拍手)

先日、ブログでも宣伝した
日本有機農業研究会・青年部主催の「食の未来」の上映会には、
kurehaを含め40名弱の方が参加してくれました。
ありがとうございました。

その後の忘年会では、これから有機農業を始めたいとおっしゃる方が思いのほか多く、とても勇気づけられました。

しかし、
そんな小さな光や希望も、これからどうなってしまうのか・・・
と思わせたのが「食の未来」のDVDと、講師の方のお話。

う~ん。

書くのに気合がいるなぁ。

読むのにも気合がいるかもしれませんが、
以下、休み休み読んで下さい。


遺伝子組み換え作物=GM(Genetically Modified)作物
は、その名の通り遺伝子を組み換えてある作物です。

例えば、寒さに強い魚であるヒラメの遺伝子をトマトに組み込みます。
すると、低温に強いGMトマトが出来ます。
めでたしめでたし。

もう少し例を出します。

害虫を殺す毒を持つ微生物の遺伝子を、
トウモロコシの細胞に注入します。
名付けて殺虫トウモロコシ!
これで、トウモロコシを食べた害虫たちは死にます。
農薬を大量に撒かなくてもトウモロコシを害虫の被害から守れます♪
環境配慮型の農業ですね♪

これら素晴らしいGM作物の最大の輸入国は我が国日本であります!


はぁ・・・。
とまぁ明るく書かないとやってられないお話なのでふざけたノリで書いていますが、
そろそろ怒られそうなのでまじめに書きます。

先程例に出した殺虫トウモロコシですが、
Btトウモロコシと言って、それ自体が殺虫剤として登録されています。

この他にも、
ターミネーターといって(映画の話ではなく)、
農作物が自らの種子を自滅させるように設計する技術があり、
その自殺種子は一代限りで自殺するようになっています。

また、トレーターテクノロジーというのもあります。
種子が持っている様々な遺伝子(例えば成長する働きをもつ遺伝子など)が働かないようにブロックを仕込んでおき、
このブロックを外すため特定の薬品をかけなくてはならない種子があるのです。
つまり、農薬とセットで買わなければいけない種子です。

これらの種子は、
もちろん今まではなかった新しい種子です。

これを研究・開発した人々がもちろんいるわけです。

そして・・・、
タイトルにもありましたが(やっとここで登場)、
特許です。
アメリカは、これらGMなどの新しい種に特許を与えたのです。


種子の私有化、特許化・・・。


実話ですけど、


Aさんの畑でまいたGM特許をとった種が成長し、その種が風や虫たちに運ばれて、
やがてBさんの畑に落ちて、芽を出しました。

すると、その種の特許をもつ会社の人がBさんの畑にやってきて、
「君の畑には私の会社の作物が生えているではないか!
特許侵害で訴えてやる!」
といいました。

Bさんは裁判に負け、多額の損害賠償金を支払いました。完



アメリカだけで現在100件の訴訟が進行中です。

だんだん書くのが嫌になってきましたね。


ここまで書いてきて、わかったと思いますが、
そう、つまり、金(かね)です。

アメリカのある会社は、GM作物以外の種子、つまり特許種子以外のすべての種子を排除し、
市場を支配しようとしています。

しかし、
これは単にお金だけの問題ではありません。

ということを最初から言いたかったのですが・・・。

種子特許は生命特許、つまり、地球上の生命体を個人が所有すること。
種が落ち、成長し、種となり風にのって根をおろし・・・という自然の行為を、
人間が利用できるということ。

さらにGM作物は、自然界ではありえなかった「種の壁」を乗り越えています。
ここでいう「種」とは、
虫だったり植物だったり魚だったり動物だったり。
人間は人間と、魚は魚と、という当たり前だった自然の法則を無視しました。

生命を所有する恐さ。

自然界のものを貨幣経済に組み込む人間の傲慢さ。

さて、

一般の消費者が一番気になるであろう、
GM作物の安全性のお話をそろそろします。

私は正直安全性なんてGM作物の問題の中では最後の方で考える問題だと思っていて、
それよりも自然界のものを支配しようとしている人間という愚かな生き物の存在を自然界の他の生き物たちに必死で謝りたい気持ちでいっぱいで、
自然界のものを所有しようとする人間がいることを非常に恥ずかしく思い、地球に土下座したいところですが、
結局人間は自分のことしか考えませんので、
安全性について最後説明しておきます。(皮肉っぽくてごめんなさい)

こういう動物実験の時に良く使われてしまうラットでの実験では、
GMジャガイモを食べたラットに成長の遅れがみられたり、
免疫機能の低下がみられたり、
GM大豆を食べたお母さんラットと普通の大豆を食べたお父さんラットの間に生まれた子供の半分以上が死んだりしています。

でも、産業界が大学にGM作物研究の研究費が下りないように仕掛け、
GMについての実験結果をテレビで公表したアメリカのある教授がその2日後に停職処分を受けたりしています。

つまり、安全性の研究は進みっこない、ということです。

ということで、自分の身体は自分で守らなきゃいけません。

自然の摂理にそった思考回路に戻してみれば、
どういう食べ物を食べたら良いかわかるはずです。

GM作物を自ら食べてもいいと思う人間が、一体どれだけいるでしょう。

日本ではGM作物の表示を求める約200万人の署名など、大きな市民運動が展開されました。

そして現在は、
大豆、トウモロコシ、ジャガイモの加工品の一部に表示が義務化されています。
しかし、GM作物を原料とする飼料、
醤油や油にはいまだ表示がありません。

また、
表示対象の加工食品でも、
材料に占める重量の割合が上位3位までのもので、
かつ原材料に占める重量の割合が5%以上のものにしか表示義務はありません。


ふぅ。

長い長い、講義のような文章を最後まで読んでくれた皆さん、
ありがとうございました。

明日から商品としての作物を選ぶのは、あなたです。

作物を商品としてではなく、
生命や人とのつながりとしていただきたいという方は、
有機農業など、地球のリズムにそった農業について少しでもお勉強なさってみることをおすすめします。

また、今日のブログの資料にさせていただいた「食の未来」のテキスト(400円)が欲しい!という方は、私か、
日本有機農業研究会(tel:03-3818-3078)まで連絡下さい。

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  1. 2006/12/26(火) 01:38:24|
  2. まっすんの寝言
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わかりやすさを好むあなたへ


‘今’は明日へのつなぎ目ではなく、永遠であり、最終到達点である。

自らの内心の声を聴く

単独者として在る

他者の内心の声を聴く

迷いながら、どもりながら、言葉を発する

認めることのできないことを静かに、いつまでも拒む


これらを犯すものには最後まで抗う
それができなくなれば沈黙の海に入水する


これは、12月7日に辺見庸さんの話を聴きに行ったときに彼から出てきた言葉だ。

今を、この瞬間を生きている人たちの中に、心の底の底から言葉をつかみとって放つことのできる人間がいるのだろうか。

いるのだとしたら、まさに彼がそうなのだろう。


主体性のないところで暮らしていくのは、楽だ。

だけど、大量生産、低賃金重労働、非正規雇用を土台にした企業で毎日のルーティンワークをこなし、飲み屋では政治的な話や環境問題の話をしたところで、ただただむなしい。

体と心と意識と思考がバラバラになっている。



最近、いろんなところで、いろんな人たちが、天皇制に関する言及をしている。

そして私は、そろそろ日本が変わるころなんだろうと直感的に感じる。

実際、小説家や、作家、ミュージシャン、アーティストといった独自の表現方法を持った人間たちが、非常にわかりやすい言葉を使って社会に、世界に、私たちに訴えかけている。

彼らに、あらゆる社会問題に対して、わかりやすい言葉の使用をさせてしまっていることは、私たちにとっての恥ではないだろうか。



昨晩、首相会見を山谷のある施設のTV画面で見た。

私は、18人分の洗い物の手を止めて、TVの近くへと寄った。

急に水の流れる音がなくなり、リビングで他利用者の徘徊と収集癖についてぶつくさ言っていた何人かのおばあちゃんたちのおしゃべりも一瞬途絶えた。

が、耳の遠い彼女たちは、TVの首相のはっきりとしないしゃべり方はキャッチしないようで、自分たちの目に見える問題についてだけぺちゃくちゃおしゃべりを続ける。


彼女たちのおしゃべりをバックに、TVの中の首相は、「憲法改正を任期中になんとか果たしたい」と話していた。


これが現実だ。


彼女たちにとっては、共同生活の中での人間関係や、残りの生活保護費でどうやりくりしていくかという問題のほうがよっぽど深刻で身に迫っている。


なんだか、私は悔しかった。


彼女たちに寄り添って生きることで、生きにくくさせられている人たちこそ、世界を変えることができると信じることで、ただ自分が居心地のいい場所に、都合のいい場所にいたかっただけなのか。


国家は、国民を精神的にも肉体的にも経済的にも、危ういところへ追い込み、何かすがるものを必要とする状態にする。

それは、恋人か、家族か、国への愛か。

自らの拠りどころを守るために危ういところに追い込まれた人間たちはどうするのだろうか。

はたまた、守るものなど何もなく、自らの立って居られる場所が無くなってしまった人間たちは?

隣人を、そして自らを信じることのできない人間たちは何処へ向かっていくのか。


もう楽観視は、私にはできない。

  1. 2006/12/20(水) 12:21:10|
  2. kurehaの独り言
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農の未来


人間は食べなければ死んでしまう生き物だ。

ということが当たり前過ぎて、語られなさ過ぎて、
そして忘れ去られてしまっているような、そんな気がする今日この頃。

先日、
前回が思い出せないぐらい久しぶりに朝食を抜きました。

ふらふらでした。
まともに喋ることも出来ないくらい、頭がぼーっとした。

何も活動出来ないと思った。

この実感、大切でした。
たまに感じないと、私も忘れそうになる。
毎日当たり前のように食べているから。


食べることの意味を忘れた人たちは、
つくり手である農民を、
そして種子を、大地を、空気を、水を、お日様を、
意識しないで生きているのではないでしょうか。


つまりそれは、
生命を意識していない
ということと同じことではないでしょうか。


そのことに関連して、
近年とても大きな問題が浮上しています。

それは、遺伝子組み換え作物の問題です。

遺伝子組み換えについてのとてもわかりやすいDVDが出来上がったとのこと。

そのDVDの上映会を、
日本有機農業研究会・青年部がひらきます。

とても、急ですが・・・

明日お時間ある方、
是非来てください。


有機農業を志す人たちに観てもらいたい!遺伝子組み換え作物の問題を中心に痛烈なメッセージを放つこの作品を一緒に鑑賞しませんか。映画上映後には忘年会も予定しております。奮ってご参加ください。

■日 時:2006年12月17日(日)
   開場:14時
   上映開始:14時30分
   ※忘年会は会場を変えて17時より行います。
   忘年会のみ参加の方は16時半に男女平等センターロビーにお集まりください。

■場 所:文京区男女平等センター 研修室B
   東京都文京区本郷4-8-3 ℡ 03-3814-6159
   (地下鉄・東京メトロ丸の内線、都営大江戸線 本郷三丁目下車 徒歩5分)

■参加費:上映会のみ    500円
     忘年会と上映会 4500円
     忘年会のみ   4000円


■主 催:日本有機農業研究会青年部

■申し込み・問い合わせ先
 日本有機農業研究会事務局
 TEL 03-3818-3078 / FAX 03-3818-3417


日本有機農業研究会は、

「研究会」
と、なんだか堅苦しい感じですが、
各地の有機農家さんが会員に大勢いて、
日本の有機農業を語るときには欠かせないであろうNPOです。

最近になって35年という歴史のすごさをあらためて感じています。
有機農家歴50年!という方も会員におります。

明日は、
農業を始めたいと思っている人や
有機農業をはじめて10年以内ぐらいの若い農家さんが集まる
青年部が主催です。

日本有機農業研究会に関わったのはつい1年前からですが、
すでに今の私の生活の一部であり、
本郷三丁目の事務局はとても居心地の良い場所です。

有機農業について興味のある方は、
事務局に気軽に訪ねて来てください☆
週に2日ほど、私もいますので。


  1. 2006/12/16(土) 23:55:19|
  2. まっすんの寝言
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コンセント

四国


正木高志さんの講演会に来てくれた大切な人たち、
本当にありがとうございました。
みなさんと同じ空間で、同じ時間を共有し、
そして一緒にマイサのお話が聞けて、とても幸せでした。

「マイサ」とは、今回講演会を行った正木高志さんのことです。
「さん」をつけて呼ばれるのが本人は嫌みたいで、
マイサ(舞茶)と呼んでと言われています。
今日はマイサで書きますね。

2日のみ、3日のみ、はたまた2日間参加してくれた人・・・、
みんなそれぞれ違うものを感じたと思う。

みんなが違うことを感じた・・・

それって、当然かもしれない。

「人と同じ」
は、私が苦手なことです。

けど、
マイサが話すと、
みんなと同じことが嬉しく思える。
つながっていることが自然であることを、優しい気持ちで受け止められる。

今回の講演会では話さなかったけど、
私はマイサの話してくれる「指の話」が好き。

ひとつひとつの指は、
長さが違い、太さが違い、しわの入り方、役割だって違う。
一本一本、個性を持った、独立した指。

でも、

全ての指は手のひらでつながっている。

そして、全ての指に同じものが流れている。

同じ地球のエネルギーで動いている。

指の気持ちになって考えてみよう。
ひとつひとつ違うと思っていた指同士が、
離れて孤立していると思っていた指が、
本当はつながっていると気づいた時、
いや、
思い出したとき、
何かが変わる。

隣の奴が大嫌いで、
隣の隣の奴のことなんでどうでも良いと思ってる。
そんな一本一本の指が、
自分の隣と指と、そのまた隣の指と、
自分はつながっていると感じられた時、

世界は変わるんじゃないかと思う。



私は今回またちょっとだけ確信をした。

マイサは、現在を生きる人たちに、
そして地球に、
新しい風を吹かせてくれる人。

マイサを、明るい未来のシンボルだと言う人もいる。

そう言える、そう思える時代が近づいているんじゃないか。



マイサの話を聞いた友達はどう思うだろ。
講演会の前は、正直不安があった。

それでも、みんなにも聞いてもらいたい。
私の大切な人たちに、聞いてもらいたい。

そして、

やっぱりみんなと聞けて本当に良かったと思っている。

来てくれたみんなには本当に本当に感謝。

そして、マイサ、本当にありがとう。

マイサは、今まで人前で話すような人ではなかった。
本当は人間と接することが嫌いで、
自然と一体となっている時間、
一人でいる方が好きな人だ。

でも、今自分が話す時期であることを知っている。
だから、毎回毎回、話すたびにくたくたになって、
時には寝込んだり倒れたりしながら、
今話すべきことを話している。
伝えている。

そんな彼を私は応援したい。

いつもいつも、マイサには思い出させてもらっている。

地球と、あらゆる生命とつながっていると、
思い出せない人たちにおすすめな方法。


それは木を植えること。


苗木を手に持って、
根っ子を大地に入れた瞬間に、
自分と地球がつながる。

その時木は、自分と地球をつなぐコンセント。



  1. 2006/12/05(火) 18:03:28|
  2. まっすんの寝言
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地球人としての問い

今日、湯船に浸かっているとき、地球を感じた。

この夏、徳島の木頭村で那賀川を泳いでいるとき、地球を感じた。

沖縄の恩納村で海に浮いていたとき、地球を感じた。

織座農園のすぐそこの水源からひいている水を飲んだとき、地球を感じた。


私にとって、水は自然の声を聴かせてくれる大切な存在。

どんなに東京で忙しい日々を送っていても、水だけは私に語りかけてくれた。


だから、今、地球によって、世界によって、自然によって、私が、私の周りの大切な人たちが生かされていることを感じることができる。

どんなにコンクリートで固められた土地で、貨幣経済にどっぷり浸かった生活をしていても、自分が今ここに生きていることを、自然に感謝する気持ちを持っていられる。
その気持ちによって、地に足をつけて歩く決心が生まれる。


でも、誤解を恐れずに言うと、私は、自然が怖い。

自然のサイクルのほんの一部でしかない私たち人間が、私自身が怖い。
私たちの思考停止(=無関心)と麻痺が、私たち自身の生を壊していく。


その虞が、今日、小さな本当に小さな希望へと向きを変えた。

正木高志さんの話を改めて聴いて、30年後、50年後の、日本の、地球の未来が、明るいものになると想像してもいいんだと思えた。

正木さんの話は、決して楽観的でもただ前向きなだけでもない。
何が違うんだろう?
本質が、世界を見る視点が違う。

自分が地球人だという感覚。


地球は、生命保険なんて入ってないんだよ。

ふとしたときのその言葉が、ぐわっと入ってきた。


なんだよ、そうじゃん。
違和感あったんだよなぁ。


はは。私もまだまだだな。

なぁんて。


人間て紙粘土みたいだ。

ただ、人間紙粘土は、ただ固めて、色をつけて、ニスをつけて飾ることがゴールじゃない。

人間紙粘土は、色も毎日塗り重ねていけるし、その度に水を加えて形を自由に変えることができる。

もぎとること、つぎ足すこと、色をつけること、水を加えること、形を変えること・・・人間の心もあなたの心も私の心も、決して固めることがゴールじゃない。

生きている限り、想像し、創造し続けることができる生きものに生まれてきたことを、心から喜ぼう。

そして、その特性を生かし、これまでの人間たちがしてきたことから学んで、自然のサイクルの一部にいることを感じながら、できることをしていこう。

東京の中じゃ、最も人間くさいだろう山谷で、人間中心の世界からはねられた人たちとかかわりながら。

山谷で暮らす彼らが、
私たち若い衆が、
障害者が、
女が、
高齢者が、
子どもが、
HIV/AIDSと共に生きる人たちが、
難民が、
在日が、
農民が・・・
少しでも今の自分の生と世界とのつながりに問いを投げかけている人全てが、この世界をひっくり返すと私は信じている。
20061116115818.jpg

  1. 2006/12/02(土) 22:05:06|
  2. kurehaの独り言
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