ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

地球を楽に

地球にごめんなさい
TS290502.jpg


じゃなくて、ゼミ合宿で最終日、天橋立を見に行った時の写真。
今日一日笑わなかった人が、これ見て少し「ふふっ」ってなったら嬉しいな。

昨日kurehaは広河さんの講演を聞きに行ったけど、
私はドキュメンタリー映画「六ヶ所村ラプソディ」をつくった鎌中ひとみさんと、平和・環境・健康など色々な活動をしている(彼女の肩書きは伝えるのが難しい)きくちゆみさんのトークショーに行った。

ちょうどゼミの後の時間ということでゼミ仲間を誘ったところ、5人が一緒に来てくれた。
織座農園の姉妹、京都から来ているシノちゃんも参加。

六ヶ所村ラプソディは、見るとモヤモヤが残る映画。
そりゃそうだ。
現実に今起きている問題で、解決どころかどこまでもどこまでも暗い未来につながりそうな方向へ進んでいるんだから。

つまり、原子力。
(政府=メディアが扱ってくれないテーマに原発がある。
電気って、それぐらい大きいもの。やばいもの。
だから六ヶ所村ラプソディはなかなか映画館では上映してくれないし、マスコミは宣伝してくれない。
それでも自主上映が各地で行われていて、監督の鎌仲さんは上映会が行われると聞くとどこへでも駆けつけて講演する。
すごい人だと思う。
もっと沢山の人に観てもらいたい。
あ、「蟻の兵隊」も観てね。)


お金のために、今ある欲望のために、目の前の生活・幸せのために、どこまで未来を犠牲にできますか?

原子力ってそういう問いを持つものだと思う。

そして、何事においても人間中心。
人間以外の生き物や、自然のことなんて考えてない。

どれだけ地球を楽にできるか。
それを考えて生活してたら、自分もどんどん楽になるんだと思う。
だって人間も地球の一部、環境の一部なんだから。

地球を楽にするために、
昨日きくちゆみさんにすすめられて一冊の本を買った。

「楽して徳して得して楽しく暮らそう1」 牧野裕子著

・炭と塩の洗濯
・食酢の洗髪
・台所の工夫(ごみの少ない調理、台所洗剤のない台所など)

地球を楽にする方法が沢山書かれている。
正直、色々と驚いた。
まだまだ出来ることが沢山あるんだと思ったら嬉しくなった。
今ある生活を変えるのって大変かもしれないけど、
やってみると案外簡単で楽しいもの。


話は変わって・・・

私は語彙が豊富でないので(会話になるとやばい・すごい・うまいを頻繁に使う・・)、いつも伝えられなくて悔しい思いをするんだけど、最近同じ思いの素敵な言葉を持っている人たちに出会うようになってスッキリしたり、嬉しい思いをする。

自分の思っていたことをようやく言葉に出来る喜び。

人から聞いた人に伝えたい言葉は、自分なりに使わせていただいております。

それでもまだまだまだまだ伝えられないことばかりなんだけど。
だけどさ、頑張りましょうよ。
寂しくなんかない!笑


スポンサーサイト
  1. 2006/09/30(土) 22:45:32|
  2. まっすんの寝言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

ブレーキ

この世界は狂ってきているんじゃないか。

そんな問いが私の身体全身を襲う。
そして、それと同時に


なにひとつとしておかしいことなんてないんじゃないか。
(=おかしいのは、狂っているのは私なのでは?)


こんな問いがはじめの問いに覆いかぶさろうとする。


戦争、貧困、環境、人権、食、暮らし方・・・これらのことを考えているとき、ときどき、パンクしそうになる。

私の手には負えない。

世界には、余りにも問題が多すぎる。

そして、その問題を問題と思っていない人が多すぎる。
自分とは、関係のないところで起こっているんだと思っているのだろうか。

多すぎる・・っていうか、テレビの中、電車の中、街の中、みんなそういう人に見える・・っていうことは・・
あれ?
そっちがフツー??


まぁ、そんな感じで、わけのわからんようになってくるのです。


私が寄りかかるのは、たいてい、壁。
か、もしくは、壁にたてかけた枕くらいなもので・・まぁ、1人寂しく考えてばっかりいるとそうなってしまうのです。
massunがいるから、寂しくないけどね。


最近、よくいろんな場面で思うこと。

それは、マイナス面ばっかり考えて、嘆いて、うなだれて、悲しんでっていうんじゃなく、プラス面から考えて、笑って、野望を抱いて、自分で自分を持ち上げることが大切なんじゃないかなということ。

たとえば、戦争。
NO war YESでも前に創作したりしたんだけど、戦争によって奪われてしまう可能性のあるもので、自分の大切なもの、好きなものを思い浮かべてみる。
まぁ、人でもモノでも出来事でもなんでもいいんだけど、今、あたりまえにできることを見直してみること、そのありがたみが実感できると、これができなくなったら、会えなくなったらやだ!って思って、なにかしなきゃ!ってなる。

そういうモチベイトの仕方って、楽観的かもしれないけど、批判ばっかりするより、好感持ちやすいし、やってみる価値はある。


今日は、杉並区の教師組合主催で行われている歴史連続講座に単発で参加してきた。

ゲストが、DAYS JAPAN編集長・フォトジャーナリストの広河隆一さんで、講座の演題が「今、戦争を考える」だったので世界の戦争を撮っている広河さんの日本の戦争に関する見識を聞きたいと思ったからだ。

行ってみると、中年より上の人ばかり。
まぁ、いい。
慣れている。

広河さんの話は、暗い部屋の中でスライド写真を見ながら進んでいった。
アフガニスタン、イラクの話、レバノンの話、メディアが攻める側の目線でしか物事を伝えず、軍隊の人道的な部分を見せ、落とされた爆弾がどのような人の上に落とされて、その人たちがどうなったのかということを伝えないことへの批判、さらには、戦争の99%が見るにも見れぬような無残な姿の死をつくりだし、決してきれいごとではないことを強く主張していた。

日本のことについては、最後に少しだけ涙が出るのをこらえきれない様子で話していた。
今、起こっている戦争や人殺しの現場に行って、これ以上ひどくならないように、同じようなことが繰り返されないように、必死に活動しているジャーナリストや支援NGOなどへのあまりにひどい批判に関して。

泥だらけの前が全く見えない窓の車内。
横で誰かが「進め」と囁いている。
ワイパーは、壊れている。
そして、すぐ前方には少女が立っている。


そんな状況。

以前なら、ワイパーの役目は、思想家や歴史家、ジャーナリストなどが担っていた。
しかし、その役は、いまや前に進むことにやっきになっている助手席の隣人からのバッシングや圧力で身動きが取れない、または、大衆の目に、耳に触れることが難しい。

そう言って、彼は私たちにとってワイパーの役目を果たしてくれた。

前方の少女に気づいて、私はブレーキを踏むことができるだろうか。


人間が人間を破壊する。
破壊された方も、破壊した方も、おかしくなる。
9.11もそうだけど、殺した方も殺された方も、殺戮の現場にいる人間は両方、被害者であり、加害者だ。
戦争をはじめる人は、現場にはいない。

「蟻の兵隊」を観て思った。

第2次世界大戦。

一人一人が、戦争を止められなかった。

最近の中東の場合は、国家と民の隔たりが大きく、突然、民の上に戦争が、爆弾が、飢餓が降り落ちてきた。

日本の場合は?

日本は建て前でも何でも、民主主義の国だ。
まだ、共謀罪は成立されていない。

50年後の若者に、あの頃の若者はなにをやっていたんだ?と憤慨されぬよう、安保闘争のときの世代をぎゃふんと言わせられるよう(ほんとは一緒に歩むべきだけど)、私たちは、私たちのやり方で、生きる権利を行使しないと。


人々の意思が戦争を止める日が必ず来る
By DAYS JAPAN


最初に書いた2つの問いは、私にとって、自分の生を受け入れるか、受け入れないかという問いと言ってもいいかもしれない。

私は、受け入れられるような生を生きるぞ。




  1. 2006/09/30(土) 02:25:35|
  2. kurehaの独り言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

今、なにができるのか


Imagine
Words by John Lennon

Imagine there's no heaven
It's easy if you try
No hell bellow us
Above us only sky
Imagine all the people Living for today...

Imagine
there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people Living life in peace...

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people Sharing all the world...

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

イマジン
イメージすること
心の中で思い描いてみること
そして
現実の向こう側に隠れている
真実の姿を
見きわめること

所有ということについて
考えてみよう
誰かが何かを
自分のものにするってことさ
たとえば
お金や家や土地や薬や食糧や森や
山や河や海や水や空気や様々なものを
自分のものにしたがる人間は
多いよね


でも
どうだろう
君ならどう考える?


働いて得たお金で何かを所有する
そのどこに問題があるんだい?
君はそう言うかもしれない
でもね
いったん何かを所有すると
人間てやつは
もっともっと所有したくなる
あれもこれも所有したくなる
誰よりも多く所有したくなる

この欲張り競争は
どうにも止まらなくなって
さいごは力ずくの
うばいあいだ
戦争だ
食べきれないほどたくさんの
食糧をもった人々のすぐそばで
パンもなく水もなく
飢えて死んでゆく子供たち・・・

だから
イマジン
ぼくは
イメージすることにしたんだ
勇気を出して
欲ばった所有なんてことがなくなって
みんなが共有している地球の姿を
そうしたら心が自由になって
新しい世界が見え始めたんだ
最初はむずかしそうだったけど
やってみたら
意外とかんたんなんだよ

イマジン
さあ
イメージしてごらん
心の中で思い描いてみてごらん
もう誰も欲張ったりしない
もう誰もうばいあったりしない
だから
もう誰も飢えて死んだりもしない
すべての人々は
ゆずりあいわかちあい
兄弟姉妹になる
ひとつの家族になる

もしかすると
君は言うかもしれない
そんなの夢さ
現実はもっときびしいんだぞ
でもね
こんなふうに考える人間は
ぼくひとりだけじゃないんだ
ほかにもたくさんいるんだよ
君も仲間になってくれないかなぁ
そしてどんどん仲間がふえたなら
いつかきっと
世界は
ひとつになる

世界はひとつになる

心の中で思い描いてごらん
今はまだばらばらだけど
いつかきっと
世界は
ひとつになる

いつかきっと
世界は
ひとつになる

いつかきっと

いつかきっと

「自由訳 イマジン」新井満 より
(中省略あり)

まず、これを読んで感じたことを、言葉にしてみる、歌にしてみる、人に話してみる、日記に書いてみる・・そして、今、自分に何ができるかをイメージしてみる。

生活の中の小さなことをひとつ変えてみる。
自分の食べるもの、毎日使うものが、どこで、どうやって、誰の手でつくられているのか想像してみる。

誰も地球を、空を、海を、河を、大地を汚そうと思って生きているわけじゃない。
誰も遠くの国で飢えて死んでいく子どもを増やそうと思って生きているわけじゃない。
だけど、もし今の生活によってそれらの原因をつくっているとしたら?

誰も戦争で死ぬために生まれてきたんじゃない。
誰もが生きるために生まれてきた。

じゃあ、今を生きる私たちに、今、できることってなんなんだろう?

 
  1. 2006/09/28(木) 01:58:45|
  2. 共有したいこと
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

季春の毛の洗い方

今日は、massunの小遣い稼ぎの場、日本有機農業研究会の事務所にお昼ご飯を食べに出かけました。

本郷三丁目の駅に着いたときはどしゃぶりで、こんな日でもサンダルの私の足は、すぐにびちゃびちゃに。まぁ、水溜りに入りたがり屋なのでしょうがないのです。
なんだか、雨季のカルカッタを思い出して気持ちが高ぶるんだよね。


おなじみ織座農園の仲間や、有機農業研究会の人たちと各地から送られてきた新鮮でおいしいおいしい野菜たっぷりのランチをいただきました。
かぼちゃとじゃがいも、にぼしの風味の利いたあったか味噌汁が絶品で、こんないいところでバイトをしているmassunが羨ましかったり。

事務所のあるマンションを出ると、雨があがっていました。


私は雨上がりの空が好き。
昼の間に雨が上がると、空が澄んでいて、とってもきれい。なぜか泣きはらした後のスッキリした気持ちと似た気持ちが湧いてきます。

特に今日は夕方の空がほんとにきれいで、薄紫の三日月が光っている夕空にむかっていつまでも自転車をこいでいたかった。

そういえば、この間織座農園に行った帰りに小海線から虹を見たっけ。


今日は、その織座農園の名前を呼ぶとこっちを向いて鳴く羊、季春(きしゅん)の毛を洗ったときの報告をしたいと思います。

毛を刈った時の話を知らないなぁという方はこちらへ。

さてさて、6月末に刈った毛を3ヶ月近く放っておいてしまいましたが、なんとかそのままの状態でいてくれたようで・・・
20060924023157.jpg

織座農園の台所を出たすぐの草茫々の場所にビニールシートを敷き、用意したものは、
①ステンレスの桶
②50~60度のお湯
③新聞紙
こんなものでしょうか。
あ、あと少々の粉石けん。
何人かの方に聞いたところ、ウール用の洗剤、モノゲンを使うといいと言われたのですが、合成洗剤は使わないでなるべくお湯だけで洗おうということに決めました。

ほんとうは、お湯の温度を確かめた方がいいのだろうけれど、私たちは手で触ってこれくらいかな?と思ったあたたかさのお湯を使っていました。
お湯は、大量だったので途中から釜で火をおこして沸かしました。
20060924023224.jpg

何人か羊に詳しい方に基本的なやり方を聞いて、今回は、滞在時間が短かったのと、出荷作業も重なっていたので、45リットル×8袋分の2袋くらいを試しに挑戦!と思っていたけれど、最終的にできたのは0.5袋でした。

まずは、一度お湯に浸けて、すぐに型を崩さないように端を持ってお湯から出します。
20060924023206.jpg

20060924023146.jpg

油と季春の糞まみれの毛がお湯だけで落ちるのか心配。
でも、ぼーっとする暇もなく、もう一度、お湯にそぉっと浸け、今度は1~2時間放置。

温度が下がらないようにビニールでカバー。

待ってる間に、お昼ご飯をつくって、農作業中の織座のお母さんや研修生を呼んで腹ごしらえ。
20060924023114.jpg


20060924023233.jpg

農作業をしていないから、いつもの織座の食事をすると、体に贅沢なようでどうも引き合いが取れていない気がしましたが、まぁ、こんな日もありと思って季春の毛がどれだけ白くなっているか心待ちにしながらご飯をいただきました。

4月のEARTH DAY in 佐久でその存在を知ったサンマルツァーノという加工用トマトができていて、食べてびっくり。生だとまるでパプリカ。
今回の滞在では、ピザソースに使ったり、炒めたり、サラダに入れてみたり美味しくいただきました。
先週、我が家にも届いたので、どう料理しようか考えているところ。

さて、お湯に浸けてから2時間が経ちました。

季春の毛はどうなったでしょう?


あらあらなかなか白くなってるじゃない。
20060924023124.jpg


晴れて陽の光が強い日で、予想以上ではなかったもののお湯もぬるくなってきていたので、急いでそぉっと新聞紙の上に出します。
毛2

そして、今度は石鹸水を持ってきてお湯の中に少し入れ、そこにもう一度浸して1~2時間置きます。

出荷作業などを手伝って、2時間はあっという間に過ぎ・・

20060924023134.jpg
こんなに白くきれいになりました。

この後、石鹸を落とすためにもう一度、お湯に浸け、すぐに新聞紙に上げました。


汚れの取れない部分は、石鹸水の入ったお湯の中で静かに指でたたいてあげると上手にぽろぽろ取れていきました。
毛1


その後、外で干すと飛んでいってしまうので、2階の窓際に干しました。
毛5


この後、夕方のバスで私とmassunは名残惜しくもお釜で炊いたジャガイモ大根葉ご飯をお弁当箱によそって織座農園を去りました。

季春の毛は、残った友人たちが乾いてから袋に入れて保存してくれています。
これから、紡いで糸にしたり、フェルトにして、たまねぎや草木で染めて帽子や手袋などの小物をつくりたいねと話しています。
そういう加工が得意な方がいれば、ぜひ連絡ください。


明日は、 「いのち耕す人」という映画がオリンピックセンターであります。
残念ながら、私は吉原の真ん中で夜勤のお仕事ですが、時間のある人は行ってみてください。18時半からだったかな。
詳細はこちらから

どうやら、ジブリ映画、「おもひでぽろぽろ」のモデルとなった町のドキュメントみたいです。そういえば、あれは農業をしてる青年が出てくるね。
ぜひご覧あれ。


  1. 2006/09/28(木) 01:17:52|
  2. イベント
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

おきなわ


(注)「おきなわ」を書く前に・・・。
mixiを見てきてくれた方へ
今日のはmassunの記事ですが、
kurehaと二人でやってるブログだから、kurehaの日記も私のも両方順不同で書いてあります。
気にせず両方読んじゃって下さい。
そうしてくれると嬉しいです。

060913_1252~0001.jpg


さてっ!
断りを入れたところで、
行って参りました沖縄。
沖縄は人生で「もう無理!逃避したい!!」
と思った時の最後の切り札として残しておくつもりだったんだけど、
今回は本島のみだし、本当はずーっと沖縄に行ってみたかったので、高校の仲良し3人組で久々に遠出して来ました。

ここで問題です。
皆さんなら
A.免許取得後1ヶ月と経っていない、正真正銘の初心者運転の子の車と、
B.ペーパー歴1年半の子の車、
どちらかの車に乗らなければいけないならどちらに乗りますか?

正解:A.免許取得後1ヶ月の子の車

正解とかないかもしれませんが、今回は私の運転ではなく初心者のKちゃんの運転で私たちは無事生還しました。
しかも、本島の北の端から南の端まで制覇。
Kちゃんには感謝・感謝です。

Kちゃんのお手柄はもうひとつあって、本島からフェリーで15分の
水納島(みんなじま)という島の海がとってもキレイだという情報を事前に仕入れて来てくれたこと。

TS290436.jpg

TS290441.jpg


本島からもこんなにキレイな海の島に行けるとは。
水が透き通っていて、水中眼鏡で海の中をのぞいただけで、黄色・青・縞々模様・白などなど天然の色とは思えないような色の魚たちがキラキラと泳いでいるのが見えました。
砂浜も、真っ白。
自然ってすごい。
そこにあるだけで人に感動を与えることが出来るんだから。

翌日は、首里城とひめゆり平和祈念資料館と喜屋武岬へ。
首里城は、がっかりすると言われていたわりに楽しみました。
4回ぐらい全焼してるんだよね。
年表見て、「また全焼!?」って
何度も驚いた。
琉球王国の、中国・アメリカ・日本とのごちゃごちゃした関係を首里城から学べました。

そして、沖縄に行ったらだいたいの人が行くであろうひめゆりの塔。
若い人がたくさんいた。
沖縄って長期の休みシーズンには学生が全国から集まるけど、
そういう人たちがひめゆりの塔に行くのって、単純にすごいなぁと思った。
普段は戦争のことは考えないような人たちが、沖縄といえばひめゆりの塔ってことで、友達と一緒に行ってみたってことが自然と起こりうる。

そこで戦争について考えるきっかけになったらすごいことだ。

でも・・・
遊ぶために沖縄に来た人たちがそこで戦争に触れて、どういうことが起こるかってことも、沖縄では複雑な気持ちで受け止めた。

喜屋武岬(きゃんみさき)↓

TS290466.jpg


この岬は、米兵に追いつめられた人々が集団自決(ここでは身投自殺)した場所です。
沖縄の南の先端にある岬で、断崖絶壁、下はすごい荒波。真っ青な海。


戦争中は、
「悠久の大義に生きよ」(天皇のために死になさい)や
「生きて虜囚の辱めを受けるなかれ」など、死ぬまで戦うこと、
アメリカ兵に捕まるぐらいなら自分で命を絶ちなさい、という教えが人々に刷り込まれていたため、追いつめられた人々の集団自決が後を絶ちませんでした。
米兵に捕まったら何をされるかわからない。それこそ生き地獄。という情報も出回りました。
実際はそんなことはなかったのですが。

喜屋武岬からの身投自殺の映像を沖縄戦のテレビ番組などで何度も見たいた私は、実際にその場に立って足が震えたし、恐ろしくて悲しくて、とにかくその映像をずっと頭の中でリプレイしていました。

TS290467.jpg

↑実際に岬の先端まで歩いて行けます。
ここから人が一人ずつ、飛び降りていったわけです。


そこに・・・
タバコの吸殻が・・・。


沖縄は本土決戦が行われた場所なので、あらゆる場所で人々が戦い、死んでいます。
少し想像するだけで、色んな観光地で血腥さを感じることが出来ます。

戦争を知らない若者がそこで遊ぶことの意味。
考えることもなく、観光地としての沖縄だけを満喫して帰ろうとすることの意味。

「いいじゃんそれで。だって、そんな(本土決戦のあった)沖縄なんて知りたくないし、見たくないよ。」
という若者の数の多いこと。

そんなんでへこんでいた私は、夜に入った居酒屋のゴーヤチャンプルーの美味しさと、おばちゃんの明るさに救われた。

戦争からだけじゃなくて、
奇麗な海に、空に、明るい人柄の島民たちから平和を感じ、学ぶことが出来るのが沖縄かもなぁって、そう思わされた。

色んな課題が出来た。

また行きたいな、沖縄。

  1. 2006/09/17(日) 13:57:02|
  2. まっすんの寝言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

PROGRESS

この間、原発のことを描いた映画を観て、その日の帰り道、一ヶ月に一度、電気を使わない日をつくろうなんてことを考えついた。

実行する前に日々の生活を振り返ってみたら、食べることも働くこともできそうになかった。

電車もバスもエスカレーターもエレベーターも、電話もラジオも電子レンジもパソコンも、冷蔵庫も灯りもトースターも炊飯器も自販機もプリンタも・・・電気を使うものたちは私の周りにありふれている。

映画の中で、空気も水も電気もなければ生活できないって言ってた原発賛成派のおじさんがいたけど、百歩譲って気持ちはわかる・・・だけど、空気と水と並べないでほしいなと思った。

インドのアデヴァシー(先住民族)たちは電気がなくても生活してるしね。


自分が食べるものが、どこで、どんな人が、どんなふうにつくるのか関心を持ち、調べ、知ることが自分や未来の子どもたちにとって大事なように、毎日こんなに使う電気もどこで、どんな人が、どんな風につくるのか考えてみる。

例えば、日本の電力の3分の1は原子力でまかなわれてるけど、原発の中でできた核燃料廃棄物は、アメリカがイラクの市民を殺すのに使っている劣化ウラン弾に当然のように含まれている。
私たちが電気を使うことで出る廃棄物が、イラクの子どもや大人、大地に取り返しのつかないことをしている現実。

・・あれ??

日本て「持たない・つくらない・持ち込まない」じゃなかったっけ?

あ、「材料を持っていってつくる」のはOKなのかな。



エネルギー問題について。

資源がないないって言ってる日本。
でも、もっと日本で暮らす人間1人1人がエネルギーを持ってることを自覚すれば、色んな問題にその人なりの力で取り組めるんじゃないかと思う。


この間、「初恋」っていう3億円事件のことを描いた小説を読んだ。
映画にもなったこの作品。
JALに勤めてたお母さんの月給が2万円あるかないかの時代の3億円。

この主犯格は、お金をほとんど自分の父親である政治家にあの事件のお金ですと添えて送っている。
父親は、大物政治家である自分を汚さないため、真相を公開せず、3億円を猫ばばする。

犯人の名字は「岸」。

あれ?

今次期首相だなんて騒がれてる誰かさんのおじいちゃんじゃ・・??


なぁんて、我が家では「初恋」はノンフィクションなんじゃないかという話題で持ちきり。
たくさんの人がそう思ったからこそ映画にもなったし、作家もこの作品しか書いてなかったり、他にも色んな謎が隠れてるからおもしろい。まぁ、そんなわけで流行には乗り遅れましたが、今更出してみました。



さて、岸信介の孫、某官房長官や、他の首相候補たちは憲法改正をみなうたっています。
う~ん・・。

今更、総理大臣を私たちの手で決めるのは無理かもしれないけど、まだなにかできるんじゃないでしょうか。
総理大臣あっての私たち国民じゃなくて、私たち国民1人1人あっての政治であり、内閣総理大臣なのだから・・さ。

1人1人が持ってるエネルギーを本気で発揮すれば「決まっちゃったんだからしょうがない」なんて言わなくて済むんじゃないかな。


今日は、そんなエネルギーを発揮してみようかなと思わせてくれる映画をご紹介。

今日、観て来たんだけど、色んな感情が自分の中にこみ上げてきました。
10月6日までだから、ぜひ観て感想くださいな。
蟻の兵隊
渋谷イメージフォーラム
10:00/12:10/14:20/16:30/18:40
1945年8月15日以降も中国山西省で日本軍として戦わされていた中国残留兵の話。
戦争への怒り・政府への怒り・・・そして、自分への憤りと向き合うこと。
したくもないこと=殺人・強姦などを強いられてしていた・・?
そんな時代になることを許してしまった70年、80年前の人たち。
私たちは、まだ自分の思ってること、感じてることを表現できる自由がある。

そんなことを、思わされた。


六ヶ所村ラプソディ
ポレポレ東中野
10月7日(土)~10月12日(金) 10:30
10月14日(土)~ 11:00
青森県六ヶ所村の原子力発電所で使った燃料からプルトニウムを取り出す再処理工場建設とそこで暮らす人々の話。
4000人の雇用を得、億単位の交付金を得た村。
核と共に生きる。
それが何を意味しているかは、何かが起こらなければわからない。
でも、そのときはもう遅い。

原発なんて、誰も働かなきゃ機能しないし、戦争にだって誰も参加しなきゃ成立たない。

でも、そうやって自分の思いを通すことができないような状況で私たちは暮らしているのかもしれない。


そんな暮らし方でいいんだろうか?


心がもたない。

胃ももたない・・。

私も最近、余裕がなく、夜勤先でも自然に笑っている時間が短くなってきています。

さっき、帰ってきて久し振りに牛乳を1リットル飲んで少し落ちつく。
1年前のキリキリする胃の痛みがよみがえってこないようにおまじない。


こんなんじゃダメだわ。


もっと、人に優しく、心身ともに居心地のいい暮らし方が私たちにはできるんじゃないかな。


  1. 2006/09/16(土) 01:47:48|
  2. 共有したいこと
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

ともだち


昨日、久しぶりに馬鹿のライブがあった。
紫波町をみんなより1日早く去って心待ちにしていたライブを観に、みんなに会いに下北沢のライブハウスに行った。

馬鹿のステージが始まると、メンバーの1人が教育実習で捕まえてきた高校生がたくさん来て受験やなんやら日ごろのストレスを解消するためかすごい勢いでアタックしあっていた。

12月はじめにバイクの事故で意識不明の重体になってしまったベースの猛は奇跡的に意識を回復し、最近退院した。
今は自力で歩けるし、話もできるようになった。
ラーメン二郎は食べに行けてもまだライブハウスは早いということで、昨日は猛に観せるため、ビデオ撮影をした。


ライブには小・中・高の友人たちが来ていて、柴犬のような毛並みの頭をぐしゃぐしゃとなでられた。



私は、友人たちのことを「ともだち」と言えない。言わない。

なんだかこっ恥ずかしいし、ほんとに大切に思ってたらべつにともだちなんて言う必要ないしとひねくれている。
誰かに自分のことをともだちだと言われると、なんだかわざとらしいと思ってしまう。


どうなんだろ?

やっぱり恥ずかしいけど、嬉しいのかな。

単語表現はともかく、ともだちが私の色んな部分を支えてくれていることは間違いない。



その存在だけで相手を許せる。
その人が居ればそれでいい。

別にどういうことを思って、考えて、学んで、活動して、所属して、働いて・・・なんてことはどうでもいい。

もちろん、それらもその人を形づくる大切なものたちだけど、ただただその人が自分の決めた道をその人なりのペースで歩いていれば、というか、もう元気で居てくれればそれでいい。

ちょっと母親みたいかな。


大学の中には友人なんて居ないとずっと言ってきた私だけど、山形や紫波町に行って改めて一緒に時間を過ごして、汗を流し、頭を使ってみて、大学の友人たちのことをかけがえのないともだちだと思えるようになった。

同じ場所や時間、空間を共有するという間柄。

高校の応援団はそれが親密で変態的なぐらい強烈だったから、きっとなにをしたって誰かを拒絶したり否定はしないと思う。
批判は入学当初からバシバシしていたけれど、必ず本人にぶつけていた。

大学で出会った友人たちとも時間はかかったけれど、そんな仲になれたのかもしれない。

って、一人一人の顔を思い浮かべると恥ずかしくて顔が熱くなるけど。


まぁ、そんなふうに、私は友人たちに恵まれている。


私の存在を許してくれる仲間が居る。

それを糧にしてそんな支えが居ない・・ほんとは居るのに気づかない、きっと居るだろうと信じられない人の支えになりたい。


今、統合失調症に関する本を読んでいるけど、私が今まで出会った統合失調症の人たちもそうだけれど、もっとたくさんの人が苦しみや寂しさを抱え続けて怯えているということが迫ってくる。

私の友人にも摂食障害や躁鬱病で辛い思いをしている人が居る。

精神障害ってなんなんだろう。

もっと人って精神的にも物理的にも1人じゃなかったら楽に生きられるんじゃないか。


どこまでをその人の人格としていいのかわからないけれど、わたしはなるべくならすべてを許せるようになりたい。



  1. 2006/09/11(月) 15:51:44|
  2. kurehaの独り言
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

紫波の森で思ったこと

昨日、おとといと岩手県の紫波町という町で間伐作業をしてきた。
大学の友人たちで4年生になってから自分たちの活動を継続させるためにつくった森づくりサークル「森林会(しんぼくかい)」主催。
今回が3回目の間伐作業&町民との交流となった。

とは言っても、いつもこの時期はインドをフラフラしていたので私は初参加。この間、徳島でチェーンソーを使わせてもらって檜を倒したことで、不安が少しばかり自信になったのと4年生の友人たちが多く参加することに背中を押されて行くことを決めた。

これは、徳島の木頭村で山の中に入ったときの杉たち。

20060910150344.jpg

山・森

この2つがなければもない。


そして、屋久島の森に入って実感としてわかった。

やっぱり森も生きものなんだということを。

屋久島の森には、苔だけで10数種類、いや、それ以上の種類のものが生えていた。
木々も一つ一つ存在感があり、山の形も絵に書いたもののようではなく、でこぼこで不恰好、でもとても親近感が湧いた。
一つ一つが息をし、陽光を浴びていた。

私は幼い頃、絵を描くのが好きだった。
思い返してみると山の絵、森の絵を描くときは同じような木をたくさん並べて描いていた。
それが山だと思っていた。
でも、それは山や森のもともとの姿ではなかった。

きっと屋久島で生まれ育ったこどもたちは色んな木の生えた山や森の絵を描くんだろう。
日本中の子どもが森の絵を描いたらどんな風になるんだろう。


高度成長期に森林はすごい勢いで伐採された。
そして、もっともっと供給するためにたくさんの苗木を植えた。
それらはとても密集していて、成長期が終わり、諸外国からの安い木材が入ってくるようになって人間からずっと放っておかれた。

意図的につくりだされた森たちは国土の60%が森林の日本の中のほとんどを占めた。
いまや原生林はとても貴重とされている。20060910150728.jpg


これは徳島の杉林だけど、この写真と同じようにおととい入った紫波町の森もはじめは真っ暗だった。
20060813190242.jpg


下草を刈り、細い木を伐り、枝打ちをし、杉を間伐する作業が丸2日間続いた。
鉈(なた)とのこぎりを握り締めて作業をしていたので利き手の腕から先が筋肉痛だ。
グーパーと動かすときに気持ちのいい痛さが走る。

学生30人と町民の方、森林ボランティアのおじさんたちとで作業をし、2日目にみんなが疲れて眠くなってきた頃、山の上からはじめは見えなかった麓のコスモス畑が、杉の木々に隙間ができたことで見えるようになった。明るい光が森の大地まで入ってきていた。

紫波町では、間伐材を建てものやストーブの原料、肥料などにして循環型社会を目指している。

もしかしたら、山の中のルールを全く知らない私たちは山を荒らしてしまったかもしれない。
パソコン変換では出てこないが、「木」へんに「山」で「そま」という文字がある。
紫波町の地元のおじさんが教えてくれた。
木山 人(そまびと)」で山や森に詳しい人のことを言う。
そのそまびとからしたら私たちのような都会の若者が、神聖な山の中に30人もぞろぞろと入ることに抵抗があっただろう。
私たちの作業は、遅いし、効率が悪いし、見ていられないようなものだったと思う。

それでも町の人たちは私たちを受け入れてくれた。
何度も寄り合いをひらいて受け入れることをみんなで決めてくれた。
今回は、地元の奥さんや子ども、若者との出会いはあまりなかったものの、これからその辺りは少しずつ広げていければいい。

私が言うのも変だけれど、作業の出来の良さ悪さではない。
都会で暮らす私たちが紫波に行って思ったこと、感じたことをどう東京での暮らしに生かすか、紫波で私たちを受け入れた町の人たちが改めてこれから森とどう向き合っていくか、森の手入れをすることと自分たちの暮らし方をどうむすび、つなげていくかということが1番の課題だ。


人間の手が入った森は、人間がいつまでも手をかけなければダメになる。
生きた森をそこまでにしてしまった代償を私たちや、私たちの次の世代、次の次の世代が払っていかなければいけない。

生きた森をいつまでも生かすために。
そして、それらの森によって自分たちが生かされるために。

きっと今からでもできることがたくさんある。

小さいことでいい。

1人で大きいことをやるよりもたくさんの人が少しずつ地球、そして自分に優しい暮らしをすることが色んな、ほんとに色んな問題への解決に向かわせてくれるような気がする。




  1. 2006/09/10(日) 16:07:43|
  2. 旅の思ひ出
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。