ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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四万十・木頭村


屋久島で6日間過ごした後、滞在中ずっと快晴だったことに感謝しながら高知でmassunと落ち会うべく鹿児島から大分の臼杵まで電車でドコドコ移動した。

そこから愛媛の八幡浜へ。
港に着いたのは午前0時35分。
だだっ広い待合室のベンチを3つ使って荷物を背にチャリを横に置いて寝た。
寝れない。
1時間もしないうちに起きてしまう浅い眠りだった。

外で、誰もが通る場所で、硬いプラスチックの椅子で(まだコンクリートや石の上ではないけれど)寝ること、今持てるすべてのものを携えて寝ることの心細さを痛感した。

やっぱり、路上生活ってきついよ・・・。


夜が明け、北宇和島の駅に向かってチャリをこいだ。
15分もしないうちに着いたが、電車が来るのは9時39分。
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駅舎の壁に掛かっていたポスター。
阿波踊り。
昔、何故か光が丘の区民センターで習っていたことを思い出した。
男踊りがしたくて仕方なかったっけ。
小さな小さな駅に荷物を置き、その辺をぐるぐる走り、川沿いを走った。
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コンビニの横にあった化粧品と薬の店。艶<ハート>レディ<ハート>。


この日も朝から暑くなりそうな予感。

予想的中。

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この日は、ここ最近で一番夏らしい一日になった。


何をしたのか憶えていないのだが、3時間半暇つぶしをした後、やっと北宇和島駅から予土線に乗り、江川崎駅に着く。
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途中、四万十川が眺められ、一人で興奮。
早くmassunに会いたかった。20060813190644.jpg


massunと感動の再会をした後、早速彼女は自転車をレンタルしてマウンテンバイクに乗った。
重い思いをして自転車を運んできた私って・・。
手には豆が。
massunにはやっぱMだねぇと言われてしまう。
その言葉に救われてしまった。


その後はひたすら自転車をこぎ、20060813190808.jpg
通行止めもなんのその。
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川沿いを走って、下って、泳いだ、浸かった、浮いた、沈んだ。

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川は、冷たく、遠くから見るときれいな薄い青緑で、近くに寄ると透き通っていた。
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四万十川で心行くで夏を満喫した後、高知で一泊してから徳島県の木頭村へ向かった。
そこでは、72歳の森男、そしてダム開発中止の立役者に出会った。
そして、個性豊か過ぎる彼の奥さん、村のおじさん、おばさん、じぃ、ばばたちにお世話になりつくした。
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きとうむらという村がつくった株式会社が企画しているゆーず(地域通貨)ツアー

鮎の石焼き、うまかったぁ~。

じぃ、ばばたちは、鮎も石も薪も、なにもかもそこにあるものを使ってつくり、終いには、竹串がないと叫べば竹やぶから竹を切ってきて作る始末。

そんな風につくったらうまくないわけがない。

そして、また、森づくりサークルに所属しておきながら、心だけそこに置き、間伐に一度も参加していなかった私の初の間伐がかなった。
チェーンソーとのこぎりを使って檜(ひのき)を伐った。
皮を剥ぐこともでき、剥いで出てきた木に思わず、頬をつけてみた。
生木の生を肌で感じた。
さきほどの72歳の森男はこれから年末の間に3200本の木を1人で伐るそうだ。
あんなに年齢なんて関係ないと生き方で表している人と初めて出会った。
私も40歳で引退して出家するなんて考えないようにしようと思わされた。

木頭村では、たくさんのあたたかい気持ちがこもった歓迎を受けながらも、なんだか切なくなった。
その村には子どもがいない。
若者がいない。
平均年齢は64歳だ。
医者も週に2、3回しか来ない。

massunと2人で村で受け入れている1年間の山村留学に子どもを産んで送り込もうと話した。

まずは、また私自身が訪れ、特産のゆずの収穫の手伝いをしたいと思っている。
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  1. 2006/08/31(木) 23:05:37|
  2. 旅の思ひ出
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屋久島へ


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屋久島

ガジュマル
生命の島

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1ヶ月に35日雨が降る島

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神々が宿る島

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もののけの森がある島

碑
世界自然遺産の島



まさにこんなイメージ。

屋久島の大地を踏む前の私の妄想??

いや、きっと、訪れたことのない人の大半は同じようなイメージを抱いているだろうと思う。

しかし、私のこのイメージは、滞在初日からぶっ壊されてしまった。



私は、大学3年の終わりまで、長い休みはいつもインドなど海を渡った地域で過ごしていた。

もったいないと思った。
日本も歩きたい。
日本にもおもしろいところや、私がインドに求めているものが残っているところがあるのだ。
それを見つけたい。
日本でいろんな人と出会いたい。

今までわりと色んなところに行ったけれど、何か目的があることが多かった。
そうじゃなくて、ただなんとなく漠然とした思いでここに行きたいと思うところに行ってみたかった。

そこで、この夏、屋久島に行こうと思い立ったのだ。

もちろん、足は船。

いざハティヤへ
去年、バングラディシュのハティヤ島に行った時の船旅が忘れられなかった。

船は、この間書いたマルエーフェリーだ。
それで東京ありあけ埠頭から鹿児島の志布志港まで行き、鹿児島港までバスで3時間。
鹿児島港からは、3つの船が出ているが、私はロケットという中ぐらいの速さの船に乗った。
ほんとうは折田汽船のフェリーに乗りたかったが、その船に乗るにはもう1泊鹿児島市内で過ごさなければならなかった。


出発から45時間経ってやっと屋久島に着いた。

宿も何も予約していなかったけれど、寝袋もあるし、大丈夫だろう。

野宿する気満々だったのに、屋久島にははとこの家族が住んでいる。
と、まぁそんなわけではとこの家で5泊6日の間お世話になることになった。
あれ? 山篭りしようと企んでいたのに・・??


でも、今では200件を超える民宿でもなく、野宿でもなく、島民の家で過ごしたおかげで、観光客を、島民を、移住者を、屋久町・上屋久町を体力的にも精神的にもゆとりを持って客観視できたと思う。ラッキー!


屋久島は、自然豊かな島だった。
山・海・川・森・動物・・・

それだけはイメージどおり・・というか、事実だった。


でも、やはりそんな自然豊かな土地にも人が住んでいるのだ。

9割が山々、1割が民家・田畑・果樹園・放牧場。
周囲130km、人口1万4千人足らずの島、屋久島。

屋久島には、年間20万人の島外の人が入ってくる。
以前は、九州でベスト3位の高峰に登山を目的にしてくる人ばかりで、島民との生産的な交わりは限られていた。
登山客たちは、自分たちでテントを張り、自炊をして登山をすると帰っていくからだ。

しかし、1993年の世界自然遺産登録後、観光客がどっと押し寄せた。
それに追い風を吹かせるように、ジブリ映画の「もののけ姫」の舞台のモデルとなった森があることでも名があがり、老若男女を問わず、観光客が絶たないようになった。

観光客のために新しく船が通り、港がきれいになり、お土産・物産展、民宿、カフェ、レストラン、バー、レンタカー会社などたくさんの屋久島になかった、これまで屋久島の島民が必要としてこなかったものが、観光客のために建っていった。

島民は戸惑ったのだろう。
彼らにとって観光客が求める豊かな自然は当たり前にそこにあるもので空気と同じだったから。
自然に感謝はしていても、価値を見出すことはなかったのだ。


私は、1日目に14キロほど自転車で山沿いの県道を走った。
車で移動すると気づきにくいが、県道沿いの茂みにはたくさんの缶やお菓子のゴミ、タバコの吸殻などが捨てられたいた。


地方の農村でよく聞く話だが、農村民の中には、ビン・缶などを平気であぜや畑、道端に捨てている人がいる。
畑でタバコも吸う。

屋久島も15年位前まではそういう人が目立ったそうだ。

観光客が増えるのと同時に、ゴミの量も大きく増えた。
量が増えるということは、処理が大変になる。
今まで適当に分別していたことが問題となって、分別が細かく改正された。

それによって、島民の意識も向上してきているという。

そして、最近、ゴミ処理施設ができた。
高温でプラスチックも紙ゴミなどと一緒に燃やして炭化する仕組みになっている。
この炭は工場で燃料として再使用されるということが試みられているそうだが、プラスチックを燃やした後の排出物は屋久島の自然を害さないのだろうか。

排気がフィルターなどを通されて排出されればまだ良いけれど、そもそも屋久島にそのような施設をつくらなければならなくなったのは、観光客が多いためだ。

屋久島には、レジャースポットもなければ、カラオケも都市にあるようなコンビニもない。
観光客は自然を求めてこの地に来る。


人はなぜ自然を求めるんだろう?


島民たちは言う。
「町の中より山ん中のほうが人がたくさんいるよ。」
「走ってる車のほとんどが「わ」ナンバー(レンタカー)さ。」

中でも有名な縄文杉は、往復10時間も歩き続けなければいけないというのに毎日たくさんの人が押し寄せ、駐車場も溢れて山沿いの道にずーっとわナンバーの車が並ぶ。

私のはとこは今、大学3年生だが、小学生の頃は縄文杉の根本まで行き、杉に直接触ることができたそうだ。
しかし、今は、たくさんの人が訪れるため、その踏みつけによって土がはけられ、根っこがあらわになってしまった。島民が枝や土で補強をしてきたが、追いつかず、結局根っこを踏まないように展望台ができて、縄文杉に触ることはできなくなった。


保護・補強・守る・・・


自然が少なくなったり、弱くなったりしたときに、それを支えることは大事だけれど、なぜそうしなければいけなくなったのかということも同時に考えていく必要があると思う。

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私は、屋久島の森に入って、ふかふかの苔や大きくて荘厳な杉に触れ、ありのままの自然の懐の深さに感動したと共に、ここで暮らす人々の生き方をもっと知りたくなった。

そこで、情報を求めて町や民間で営まれている案内所や資料館を訪れた。
屋久杉自然館、環境文化村センター、観光案内所・・。
そして、実際に紀元杉や白谷雲水峡
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志戸子ガジュマル園、

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大川(おおこ)の滝、千尋(せんぴろ)の滝、西部林道などを歩いた。

それらのどの場所でも、思わず深呼吸したくなるような自然の大きさと優しさを感じた。


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しかし、自然館や環境文化村センターなどの資料館では、豊かな自然のアピールと人々の産業を取り上げるだけで、実際に人間がこの自然豊かな島でどのような暮らし方をしているのかということは見えてこなかった。
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島で暮らす人々は、私の思っていた以上に都会の暮らしを人間の暮らしとし、休みの日はテレビを見たり、パチンコをしたり、クーラーの中で過ごしている人が多かった。
昔は、釣りをしたり、山に登って杉林を歩いたり、川遊びをしていた子どもたちも今はほとんど見かけない。

そして、観光客や移住者に対してはゴミや山の中の排泄物の処理、交通ルールなどに関して物申すが、自分たちの暮らしは・・?

合成洗剤を使い、ビニール袋をじゃんじゃん使い、島で採れたものではなく、船で九州や本州から入ってくるものを食べる。
スーパーの野菜も屋久島産はほとんどなかった。

なんだか、悲しくなった。
せっかく屋久島に来たのに、東京と同じように人の価値観だけでものごとが整理されている。


それでも、それでもまだここには自然がある。
まだ、やり直せる。
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森や砂浜を歩いて、かすかだけどそんな風に思うことができた。

そして、自然との共生を自分の暮らし方から見直すという考えを持っている人たちに会いに行った。
その人たちの多くは、移住者で、15~25年くらい前から屋久島に魅力を感じ、自然農、有機農業、民宿、天然酵母のパンづくり、エコツアー、屋久島産のものをつかったメニュー中心のカフェ営業などに従事していた。
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彼らはみな「少しずつ、小さいことから」と口をそろえて言っていた。

それらの場所には、観光客だけではなく、地元の人も馴染み客になっているところがある。その中の一つに樹林という喫茶店がある。
ここのオーナーは、「生命の島~屋久島の自然と人の暮しを伝える~」という季刊誌をつくっている。
ここにたくさんの屋久島で地道に自分たちの暮らしを見直している人たちが紹介されていた。
もしこれを読んでいる人の中にこれから屋久島へ行くという人は、ぜひ上屋久町小瀬田にある居心地のいい喫茶店に行ってみてほしい。

そして、トイレの但し書きもぜひ見てきてほしい。



志戸子の海岸でかんかん照りの中、一人の女性がゴミを拾っていた。
きりがないくらいたくさんのゴミが打ち上げられていた。
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自然遺産の森の中でゴミをポイ捨てしないこと

         と

いずれ川や海に流れる洗剤やシャンプー、そして排泄する食べ物に気をつけること


この2つは同じだ。
1つできて1つできないのはなぜ?

屋久島ではできて東京でできないのはなぜ?



人はなぜ自然を求めるんだろう?


それは、自分も自然の一部だからだ。


宮之浦港から県道に出る途中に、世界遺産の登録記念碑(TOPから6枚目の写真)がそびえ立っている。

その横の木の陰にもう一つ、小さな碑が立っている。
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ここには、森・水・人 ふれあいの島と書いてある。

世界遺産登録記念よりよっぽどこっちのほうが屋久島の碑らしい。


屋久島の自然と人間が共生するには、どんな暮らし方が両方に優しいんだろう。

それを問い直してほしくて、はとこの家にアクリル束子を送った。





  1. 2006/08/29(火) 15:06:06|
  2. 旅の思ひ出
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「おこなえば容易なことを・・

・・やらずにいるから苦になる」

屋久島の樹林という喫茶店のトイレに書いてあった但し書き。

印象深く、あぁ、なるほどなぁ。と思ってしまった。

この間、ここでも書いたインドのゴダヴァリ河周辺の洪水はなんとか引いたようで、現地の新聞(8/16付け)によれば、177あった救援キャンプのうち172が閉鎖され、50,370人の避難民が家に戻ったそうです。
救援キャンプでは一家族当り20kgの米と5リットルの油が配給されたそうです。穀物の被害状況が判明するのはまだこれから・・。
洪水被害の写真はMTKのHPから見ることができる。


私は今インドのこの馴染み深い地域で苦しんでいる人すべてを助けてあげることはできない。
直接行って洪水で水浸しになった家や畑の修復を手伝うことも選ばない。

でも、これから起きるだろう水害・土砂災害・氷山の溶解などなど温暖化が大きな原因の一つである自然災害を少しでも軽減するような日々の暮らし方ならできると思う。

直接の救援でなくても地球規模で未来の、そして今、苦しむ人がより少なくなるように暮らすことは東京でもできる。

そう信じていないと私は自分が生まれ育った東京をすべて否定してしまいそうになるのだ。

「おこなえば容易なことを、やらずにいるから苦になる」

もちろんいつも言っているようにマイペースでいくけれど、自分の中の矛盾とはいつも向き合っていたいなぁと思う。
苦しくない程度に。




  1. 2006/08/28(月) 12:07:00|
  2. kurehaの独り言
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自給自足といえなくて


自給自足という言葉を最近良く耳にしますが、
自給自足に近い生活をしている方に、養蚕実習に行った時にお世話になりました。

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女性一人で自然農を営みながら自給自足の生活を目指しているSさん宅では、
食べるものは自分の畑で育ったものを、
ガスコンロは一応あるけど、だいたいは外にある釜戸で直火で料理。

お風呂も、ガスじゃありません。
宿泊中は私が1時間かけてじっくりと火を熾しながら沸かしました。

薪を割り、煙にまみれ火を熾し、お風呂が沸くのを待ちながら、
「あぁ・・・今日も明日も明後日も、こうすれば良いんだな・・・。」
と思ったものです。
「生きるってすごくシンプルで、
でもすごく大変で、
大変だから普通、こんな日々のくり返しであるはずなのに、
人間って進歩するんだなぁ。」
と、しみじみと感じたのでした。

そんな私は、実は「自給自足」という言葉があまり好きではありません。
中身じゃなくて、他とのつながりを無視しているような、あたかも一人で生きていると思わせる(私だけ?)言葉の響きにあまり魅力を感じない・・・。

まわりにある沢山の命に救われているってことを忘れちゃいけない。
だから「自分、自給自足してます!」って、なんだか違う気がする。
きっとその人は色んな人やものに助けられていると思う。

とか言って、実際に自給自足の生活を目の当たりにすると、
流れるゆっくりな時間、
ものを大切にする心など、
感動しっぱなしなのですが。


そんな話の流れで、
というか今日のメイン。

「木を植えましょう」という本を皆さんご存知ですか?

私が大学4年間(まだ終わってない・・・)で最も影響を受けた本です。
その本の著者である正木高志さんが今、東京に来ています。

正木さんは、若い頃はインドを遍歴し、哲学を学び、
娘さんが生まれてからは自給自足の生活を目指し、
現在は農業をしながら森を育てている人です。

正木さんのトークライブが
今月の26日に東京都府中市にある「カフェスロー」で、27日には新宿で行われます。
27日は学生主催のイベントで、参加者を交えて気軽な感じで正木さんともお話出来るみたいです。

27日の詳細は↓
http://www.onelightway.jp/gakushoku/seminar.html
私も行くので、行ってみたいという方はご一報くれると嬉しいです。


  1. 2006/08/23(水) 22:55:48|
  2. まっすんの寝言
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とまと

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残暑お見舞い申し上げます。
遂にトマトが赤~く実りました!
ご心配頂いた方にお礼申し上げます☆
ナスはもうちょっと!
花は咲いてますよ。 


しかし・・・


食べてみたら、何とも不思議なお味。
すっぱい。渋い。青臭いっ!

大地で育ったトマトと比べ、
プランターのうちの子たちの味が多少劣るのは覚悟してましたが、
美味しいトマトを作ることの大変さを痛感しました。


徳島レポートを写真と一緒に載せたかったけど、やっぱり上手く写真の編集が出来ず、なかなか載せられませんね。
ちょっと諦めてます・・・。

徳島県木頭村(きとうそん)って村に行ったのですが、それはそれは刺激を受けて参りましたよ。
写真を見たい人は、私と直接会いましょう(笑)

19日、20日と山谷の夏祭りに行かれた方、及びkurehaお疲れさま!
さぞかし楽しかったことでしょう。

私は夏祭りと同じ日程で、日本有機農業研究会の青年部主催の見学会に行って来ました。
千葉県東庄町の有機農家4件の畑や田んぼ、加工所などを2日間で見学という、なんとも充実した見学会でした。
計52名(ぐらい)、車11台で町の中を大移動。
途中でもちろん迷子もあり・・・。

私も青年部なもので、準備や当日の色んなお手伝いをさせてもらえて、お勉強になりました。
4者4様の栽培方法、販売方法など、もっと聞きたいお話もありつつ、とっても暑かったので記録係だった私は録音機に頼りっぱなし・・・。
これからMDを聞き返しながら、報告文を作成します。

見学会には定年退職後に農業をしたいというおじさんや、農家の息子、就農を考えているサラリーマンや家族、すでに有機農業を始めている人などなど色んな人が参加して、たくさんの人たちが熱心に農家さんへ質問等をしていました。
青年部には本当に良い人、面白い人が多いのでとっても楽しみました。
有機農業に興味のある方は、是非連絡下さい


  1. 2006/08/21(月) 18:28:15|
  2. まっすんの寝言
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屋久島へ~有明から志布志まで~


7月20日の午後、私は大阪淡路町で買ったチャリで、とにかく風が欲しくて屋久島の港、宮之浦からガジュマル園があるという志戸子を目指して走っていた。
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長野県の天竜川、九州地方での大雨洪水の被害のよそで元気な太陽がまぶしい青空の下、海風を浴びながら山沿いの県道を走った。


ちょうど2日前、近くの近畿日本ツーリストでフェリーありあけの東京・有明埠頭から鹿児島・志布志港までの片道チケットを買った。
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ありあけ埠頭の待合室はさびれていて、とても満室の船の乗客数分を許容できるようには見えなかった。
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フェリーありあけが1750kmの船での日本最長定期便だと自慢気に言っていた眼鏡の腰の低い船長を思い出すと、またあの船に乗りたいなぁと懐かしく思う。
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船の中には、一人旅の若者、出稼ぎに行く若い女性、渡り蝶を追い求めるおじさん、父親に会いに行く9歳の男の子とその妹などちょうど馴染めるぐらいの人数がそろっていた。

2等室の女性部屋は53人寝られるところを5人で使い、とても快適だった。ロビーは地方のホテルの雰囲気が漂い、嬉しいことにわかめご飯のおむすびが100円で売られていた。
もちろん船長自らの手で。
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ただ、波が荒々しく、今飛び込んだらたちまち溺れて沈んでいきそうなぐらいだった。デッキに上がると、海風がことごとくぶつかってきて、自分のちっぽけさに呆然とした。
海が壮大すぎて、濃い深い青すぎて、こわかった。
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18日の16時半に乗船し、志布志港に着いたのは19日の21時頃だった。その日は、船長から情報を得た、唯一の車で乗船したおじさんに声をかけ、安宿がありそうなところまで乗せていってもらった。おじさんのワゴンの中はダンボールだらけだった。

実は、そのおじさんは船で世界一周を何度もしている人で、ペーパークラフトで虫を作っているおかしな人だった。ダンボールはその作品たちだった。宮崎で個展をやるからとフライヤーを受け取った。
おじさんのつくった虫たちはかわいくてなんだかお菓子みたいだった。
その日、宿に一緒に泊まった山梨の葡萄農家のお姉さんはその個展に行ったのだろうか。
彼女は、船で出会った渡り蝶のおじさんに奄美大島の魅力を熱弁され、鹿児島から鈍行で関東に帰る旅の予定を変えて、翌日、1日がかりで鹿児島港から奄美大島に向かった。

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鹿児島県志布志市志布志町志布志2丁目のビジネスホテル、居酒屋、バー・パブ街はさびれていて朝早くに自転車で道路の真ん中を走るのに気持ちがよかった。
志布志から鹿児島港へ行く船に乗るため、垂水港までバスで向かった。バスの中では、高校野球の地方予選の決勝戦の応援に行く鹿屋高校の高校生と運転手さんの鏡越しでのバイバイがほほえましかった。
惜しくも敗れた鹿屋高校に代わり、甲子園出場を果たした鹿児島工業高校に精一杯の野球をしてほしい。
なぁんて思っていたら、高校時代の応援団の思い出や、野球部のメンバーたちの顔が蘇ってきてしまった。


  1. 2006/08/16(水) 16:13:29|
  2. 旅の思ひ出
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終戦記念日のこの日に・・

8月7日に内房線に乗って館山の戦跡めぐりをした。massunが有機農業研究会の集まりで1度行った地下壕にNO war YESのメンバーを連れて行きたいということで企画してくれた。

館山には47の戦跡があり、私たちはガイドさんと赤山地下壕、従軍慰安婦の碑、従軍慰安婦や身寄りのない女性が保護され、農業を営んで自立生活をしている農園、米占領軍本土初上陸地点、戦闘機用の掩体豪、海軍航空隊の射撃場、128高地地下壕、特攻機下滝田基地跡などなどを日帰りでまわった。

戦跡を見るのは、2年前に大学の仲間とやっていた自主ゼミ「戦争体験を記録する会」で長野の松白大本営や東京大空襲跡地(跡地と呼べるものはほとんど見当たらなかったけど)などに行った以来だった。

館山、というより千葉は、私には馴染みのない地域だ。massunが住んでいるということと、ディズニーランドがあるというくらいで、館山の戦跡を見ながらの館山の歴史についてのレクチャーを聞くのにはなかなかの集中力が要った。

そして、終わってみての感想・反省会がmassunの知り合いの有機農家さんのお家であった。
玄関先に干してある梅の香りがなんとも言えず、私は戦争より美味しい食べ物のがいいやと意味のわからない思考に陥っていた。

そこでの私の言葉はガイドさんや他のツアーメンバーにどう聴こえたのだろう。

「私にとって、戦跡めぐりというのはどうしてもピンと来ないものがある。たとえば、沖縄で鉄血勤皇隊の隊員だった人に「ここで友人が目の前で打たれた」と話をされたときにその場は想像できる。自分が実際その場に立っていることも何とか想像できる。でも、現実の自分の世界に戻るとそことの一致が私の中でできない。きっと今戦争が起こっても土を掘ってその中で爆撃機が過ぎるのを待つことはしないだろうし、竹やりも持たないし、防空頭巾もかぶらない・・」

「自分の地域が戦時中、どんな地域だったのか、どのような暮らしが営まれていたのかをもっと知っていったら、もう少し自分の今の生活と近くに考えられるかもしれない。」

まぁ、そんなことを言った。


戦跡巡りの間中、私は不満だった。

人々の暮らしが見えない。
想いが見えてこない。


練馬図書館で「この国で戦争があった」という戦争直前・戦中・戦争直後の話の短編集を見つけた。

ここには、私が知りたかった人々の暮らしが少しずつではあるが書かれていた。
祝儀・不祝儀、どこでも正装として認められるということで一気に普及し、よくTVドラマなどでも出てくるカーキ色の国民服に使われていたステーブルファイバー(通称スフ)の布質の悪さ、戦場の兵士に送られた慰問袋にはよく女優のブロマイドが入っていたということ、ミュージカルで女優達はドレミファソラシドをハニホヘトイロハと歌わされ、舌を噛みそうになり苦労したこと、少女雑誌の表紙絵があまりに美しくて国民の士気を高めるのにふさわしくないと軍が健康な農村の娘が稲刈りしているような絵に変えさせたこと、配給米が黒かったので一升瓶に入れて木の棒で突付いて白くしていたこと、東京大空襲があった1945年3月10日に吉原で遊んでいた芸人のこと・・・


この本を読んで「あぁ・・そっか。」と思わされることがあった。
あの時代に生きていた人も、私たちも変わらないのだ。
家族がいて、好きな人がいて、夢があって、守りたいものがたくさんあったのだ。
別にみんながみんな絵に描いたように戦争へまっしぐらではなく、それぞれの想いを抱えていたんだ。
その想いのまま暮らすことはできなくとも。

この本を読む前に爆笑問題の日本史原論シリーズの「戦争論」を読んだ。
先日、自分の番組でも言っていたけど、太田光は「あの時代に自分が生まれても戦争を否定できる理屈をつくらなければいけない」と主張している。
自分が大事だと思っていたものがどんどん奪われ、自分の外で、もしくは知らないうちに内でもしきりに叫ばれている「正義」が人を殺しているという現実。
これが戦争だ。

そして、私たちが今持っている正義がもしかしたら人を殺してしまうという危険性。
私は、あの時代に生まれていたら、あの時代の正義を信じてしまうのだろうか。
もしくは、なにもできずに今なら本音で言える「戦争なんてしたくない」という言葉さえ発せなくなるのだろうか。

もし私たちが生きている間に日本が戦争をしたとして、100年後の日本人や私の子孫は、今の私たちをどう見るのだろうか。


ほんとは話したくもないし、考えたくもない「戦争」のこと。
こんなもの無くなってしまえば話しも考えもしなくていいのにといつものように逃げ腰になりそうになる。

でも、去年の今日より私の中で危機感が増している。
というより、安心感が薄れてきている。

館山の戦跡巡りでガイドさんの話の中に、日本は終戦記念日が8月15日ということになっているけど、アメリカや世界各国ではミズーリ号の調印の日である9月2日が終戦記念日だという話があった。

実際、そんなことどうでもいい。
歴史上の記録よりも、歴史上で生きた人々の記憶を私は知っていきたい。そして、つなげていきたい。


テレビや新聞などのメディアでいろいろ言われているけれど、まず自分がピンと来るような戦争に関するなにかを見つけることで自分の今の暮らしとリンクできることがあるかもしれない。

戦争については、色んな情報や気持ちや言葉が私の中でごちゃ混ぜになって、整理もできなければ、それを全て自分のこととして捉えることもできてないまま今日という日が終わりそうだけど、おおもとのところはシンプルなのだ。

私は、今、家族と一緒に暮らし、好きなところを訪れ、好きなことを話し、学び、考え、動き、食べ、歌い、描き、見ることができる。
その暮らしがあるからこそ、山谷やインドと、世界中に溢れるたくさんの問題と、そして自分と向き合える。
また、ヒトノカズダケの人たちと出会っていく楽しみもある。

こんなおもしろいこと、奪われたらやってられない。

せっかく生まれてきたんだから、戦争で苦しむことのない時代を生きよう。


  1. 2006/08/15(火) 13:44:02|
  2. NO war YES
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南インドの大洪水

私が大学1年のときから毎年参加しているMTKのインドツアーで出かけていく地域が大変なことになっています。
現地スタッフによると、数日前からアンドラプラディッシュ州の北部、西部、東部、海岸地帯にかけて大洪水がおこっており、ゴダワリ河周辺の村々は完全に水に飲まれ、村々は孤立し、取り残された人々のヘリコプターによる救出が続いているそうです。作物はすべて水の下に。NGOのリーダー達も4人のうち3人とまだ連絡がつかないようです。そして、州内で亡くなった(8月4日時点)方が40人ほどいるそうです。

長野の織座農園に行っていた3日間の間にこんなニュースが・・。
日本もこの間の水害でたくさんの方が被害に合いました。
インドの友人たち、そして日本で今なおこれまでの暮らしをするのが困難である人たちのためになにができるのか。
とにかく、みんなの無事を願いながら情報を集めたいと思います。


  1. 2006/08/10(木) 23:34:23|
  2. 共有したいこと
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夏・前半


ど~も!massunです!

昨日、宮城県丸森町での養蚕実習を1日早く切り上げて帰って来ました。
蚕6万頭がきちんと繭になるのを見届けられなくて少し残念でしたが、養蚕の不思議がちょっと解けて結構満足です。

さて、7月25日からの一週間、ちょっと日本の西の方へ出掛けて来ました。
写真が上手く編集出来ないので(kurehaに教えてもらったのに・・・)、今日は兵庫と四万十川編のみのご報告です。

7月25日早朝に電車に乗り、青春18切符で約9時間かけて(結構快適♪)夕方前には灘駅に到着。
灘駅から徒歩15分ぐらいの場所に、
阪神・淡路大震災記念「人と防災未来センター」があります。
順路が決まっていて、最初は4階の「1.17シアター」に案内されます。
上映時間が来たら、たとえ見学者が1人でも大型スクリーンでビデオの上映をしてくれます。
当日の16時40分からの上映は、私1人でした・・・。

上映前に案内のお姉さんが「気分が悪くなったら非常口からどうぞ」って、ニコニコしながら言うんです。

1995年1月17日の、地震発生時のリアルな映像と音。
ビルや家や駅が爆音と共に崩壊していく様子を1人ぼっちで見ていたら、本当に気分が悪くなって来ました。

映像がリアル過ぎるので、恐らく地震体験者の中には当時を思い出して上映中に倒れたりしてしまう人がいるんではないかと・・・。
でも、地震の時に1人だったらこんなに心細くて恐ろしいものなんだと、少し覚悟が出来た気がします。

その後も大ホールで復旧・復興へのドキュメンタリーを一人で観て(震災もだけど、1人で見る映画というものは怖いもんでした)、資料コーナーへと移ります。
案内人として、地震体験者のおじちゃん・おばちゃんボランティアが沢山いました。
家が全壊したというおじちゃん。
全壊した家の下敷きになり、3時間も生き埋めになったというおばちゃん。
直接お話を聞くのはとても辛いことでした。

見学を終えて町に出て、あの真っ二つに割れて倒れた高速道路が見事に復旧していること、町が新しすぎることに改めて呆然としました。
この町で今も尚生きている人たちに、その人生に、頭が上がらない。
町の外観はピカピカに復興していたけど、11年という歳月は、人の気持ちのリセットするにはまだまだ浅すぎると思いました。

重い気持ちを抱えながら、たこ焼きを食べ、夜行バスに乗っていざ四万十川へ!!

四万十川沿いの江川崎駅で、屋久島帰りのkurehaと合流。
ここからは、写真をお楽しみ下さい。
TS290405[2].jpg

TS290409.jpg


TS290408.jpg


本当は泳いでる写真とか、自転車で移動中の写真とかあるので、それも今後のせたいと思います
とにかく、四万十川は素晴らしいです!!

旅の後編は、ダム建設を完全中止に追い込んだ徳島県木頭村でのお話です。
次回へつづく!
(明日からまたお出かけが続くので、来週には更新したいと思います



  1. 2006/08/06(日) 13:16:39|
  2. まっすんの寝言
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山谷夏祭り!!


夏がやってきました!やっぱりこの季節はイベントが多い!!
ということで、ふるさと山谷夏祭り!!今年も開催します。

8月。山谷では毎週のように様々な団体によって夏祭りが開催されます。
ふるさとの会主催の夏祭りに参加しておっちゃんたちと一緒に汗を流したり、歌ったり踊ったり、美味しいものをつくって食べたりしませんか??
路上生活・ドヤ・日雇い労働などのイメージが少し近づくきっかけになるかもしれません。

詳細・問合せ先は以下のとおりです。
①日目
日程:8月18日(金)
集合:12時30分
内容:敬老室の利用者さん、山谷堀(昨年は)にお食事券を配ったり、アンケートをとったり・・。

②日目、③日目
8月19日、20日(土日)
集合:8時45分
内容:夏祭りの準備・本番!!
   たくさんの屋台が出る夏祭り!その全部を集まったボランティアで手分けして手作りします。野菜を切ったり売り子をしたり・・。

山谷のことを知っている人も知らない人も30年間ボランティアを続けている人も男も女も老人も子どもも来る夏祭り。
私も去年、ここでいろんな人と出会えました。

<問合せ先>
敬老室
東京都荒川区南千住3-3-9
(財)城北労働・福祉センター分館
TEL:03-3801-0377 FAX:03-3801-0881
E-mail:volunteer-circle@lime.ocn.ne.jp

もしくは、KUREHA(→japanesemaple_7@hotmail.com)まで。

  1. 2006/08/03(木) 18:12:30|
  2. イベント
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L&Gパレード

8月12日(土)
TOKYO LESBIAN&GAY PARADE2006開催!!

と、いうことで、去年もこのブログで紹介していろんな反響が返ってきたイベント、レズビアン&ゲイパレードが来たる8月12日に開催されます!
お知らせが遅れまして申し訳ない。
でも、すごく楽しくていろんな出会いがあって、そして色んなこと考えさせられるというか、感じさせられるイベントなのでみんなで参加しましょう。

今年はドリカムフロートかマッキーフロートがいいなぁ。。
すいません、ミーハーで。素で楽しむ気満々です。
PYYPメンバーとも相談して来られる人みんなで決めたいな。

※フロートとは、3,000人規模の大きなパレードで、公道を大勢で歩く都合上、約250人ずつのブロックに分かれて歩く際、各ブロックを先導する自動車のこと。トラックやオープンカー各テーマに合わせて華やかに着飾って音楽をかけたり、その上で派手な衣装を着たかわいく、かっこいいパフォーマーが歌ったり踊ったりしながらパレードを盛り上げる!その数12種類!フロート紹介はこちらから


話が読めないと言う方は、ぜひ去年の文章をチェックしてみてください。

すみません、手抜きで。

とにかく楽しんだ去年。
来年はぜひ参加したいというコメントをたくさんいただきました。
一緒に楽しみたい!という人はぜひメールください。→japanesemaple_7@hotmail.com 2日前までに興味ある!という一言でもいいのでくださいな。

<パレード詳細>
日時:2006年8月12日(土曜)
場所:代々木公園イベント広場
時間:10時半受付開始 14時半集合して整列
もっと詳細:http://www.tlgp.org/index_pc.html

関連した話題をもうひとつ・・
[L&Gパレード]の続きを読む
  1. 2006/08/03(木) 15:56:41|
  2. イベント
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