ヒトノカズダケ

 ヒトノカズダケ・・・ 言葉があり、想いがあり、LIFESTYLEがあり、幸せがある。 日々よぎる思いを言葉にし、近くにいるようで遠い誰か、まだ知らない誰かとつながりを持てたらいいと思ってつくりました。

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9条があり続けたら


合宿当日、2日間に渡って織座のお母さんの友人の新聞記者さんが私たちと時間を共に過ごしました。

そのとき、彼が感じて、聴いて、書いて、信濃毎日新聞に載った記事はここから読めます→http://www.shinmai.co.jp/news/20070221/KT070220FTI090015000022.htm

この新聞紙面の見出しの一つに「九条ない世界議論」とありました。

え?

と思いましたか?


今回は、2日目に9条がなくなったら9条がなくならなかったらバージョンで世界はどうなってしまうのかという予想を世界地図に描きこむという、私たちの持っている知識だけではどうにも語りきれないようなプログラムを試みました。

これを決めたときにその場にいなかった私は、インターネット設備もない山の中で、事前学習もなく、この企画をやるのはどうなんだろう?
まっさらなままの世界地図を持って帰ることになったらどうしよう・・そうなる可能性が高いんじゃないか。

なんて、思っていました。

いやいや、しかし、そんなことはなかった。


massunが農薬について書いた最終稿前の卒業論文をテープで張り合わせた模造紙を持ってきてくれて、その裏にまず世界地図を描くことから始まりました。

8人もいれば、2人くらいは地図を描くのが得意な人がいるもんです。
さらさらと中学社会科地図を見ながら描いてくれました。

写真は、massun載っけてね。

そして、まず、9条がなくなったらバージョンの地図にさまざまなみんなの意見や妄想を書いていきました。

予想以上にみんなが想像力を働かせて、色々議論することができました。

9条がなくならなかったらバージョンの地図を書いているときに、そんなにすぐに世界や日本に平和意識が広がるというわけでもなく、今あるたくさんの問題(9条と現実の矛盾なども含め)と向き合わなければいけない、スタートにやっと立てるんだねと荷の重さみたいなものを感じたことが印象的でした。

1泊2日の織座合宿の模様、すべて文章で報告するのは難しいので、3月または4月に報告会をしたいと思っています。
なるべく織座にいるような和やかな雰囲気で、美味しいご飯を食べながらやりたいなぁと計画中。
まだ日程などは決めていないので、希望がある人は連絡くださいね。

それでは、今日はこの辺で。

久しぶりに発熱中のkurehaでした。

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  1. 2007/03/01(木) 14:22:55|
  2. NO war YES
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終戦記念日のこの日に・・

8月7日に内房線に乗って館山の戦跡めぐりをした。massunが有機農業研究会の集まりで1度行った地下壕にNO war YESのメンバーを連れて行きたいということで企画してくれた。

館山には47の戦跡があり、私たちはガイドさんと赤山地下壕、従軍慰安婦の碑、従軍慰安婦や身寄りのない女性が保護され、農業を営んで自立生活をしている農園、米占領軍本土初上陸地点、戦闘機用の掩体豪、海軍航空隊の射撃場、128高地地下壕、特攻機下滝田基地跡などなどを日帰りでまわった。

戦跡を見るのは、2年前に大学の仲間とやっていた自主ゼミ「戦争体験を記録する会」で長野の松白大本営や東京大空襲跡地(跡地と呼べるものはほとんど見当たらなかったけど)などに行った以来だった。

館山、というより千葉は、私には馴染みのない地域だ。massunが住んでいるということと、ディズニーランドがあるというくらいで、館山の戦跡を見ながらの館山の歴史についてのレクチャーを聞くのにはなかなかの集中力が要った。

そして、終わってみての感想・反省会がmassunの知り合いの有機農家さんのお家であった。
玄関先に干してある梅の香りがなんとも言えず、私は戦争より美味しい食べ物のがいいやと意味のわからない思考に陥っていた。

そこでの私の言葉はガイドさんや他のツアーメンバーにどう聴こえたのだろう。

「私にとって、戦跡めぐりというのはどうしてもピンと来ないものがある。たとえば、沖縄で鉄血勤皇隊の隊員だった人に「ここで友人が目の前で打たれた」と話をされたときにその場は想像できる。自分が実際その場に立っていることも何とか想像できる。でも、現実の自分の世界に戻るとそことの一致が私の中でできない。きっと今戦争が起こっても土を掘ってその中で爆撃機が過ぎるのを待つことはしないだろうし、竹やりも持たないし、防空頭巾もかぶらない・・」

「自分の地域が戦時中、どんな地域だったのか、どのような暮らしが営まれていたのかをもっと知っていったら、もう少し自分の今の生活と近くに考えられるかもしれない。」

まぁ、そんなことを言った。


戦跡巡りの間中、私は不満だった。

人々の暮らしが見えない。
想いが見えてこない。


練馬図書館で「この国で戦争があった」という戦争直前・戦中・戦争直後の話の短編集を見つけた。

ここには、私が知りたかった人々の暮らしが少しずつではあるが書かれていた。
祝儀・不祝儀、どこでも正装として認められるということで一気に普及し、よくTVドラマなどでも出てくるカーキ色の国民服に使われていたステーブルファイバー(通称スフ)の布質の悪さ、戦場の兵士に送られた慰問袋にはよく女優のブロマイドが入っていたということ、ミュージカルで女優達はドレミファソラシドをハニホヘトイロハと歌わされ、舌を噛みそうになり苦労したこと、少女雑誌の表紙絵があまりに美しくて国民の士気を高めるのにふさわしくないと軍が健康な農村の娘が稲刈りしているような絵に変えさせたこと、配給米が黒かったので一升瓶に入れて木の棒で突付いて白くしていたこと、東京大空襲があった1945年3月10日に吉原で遊んでいた芸人のこと・・・


この本を読んで「あぁ・・そっか。」と思わされることがあった。
あの時代に生きていた人も、私たちも変わらないのだ。
家族がいて、好きな人がいて、夢があって、守りたいものがたくさんあったのだ。
別にみんながみんな絵に描いたように戦争へまっしぐらではなく、それぞれの想いを抱えていたんだ。
その想いのまま暮らすことはできなくとも。

この本を読む前に爆笑問題の日本史原論シリーズの「戦争論」を読んだ。
先日、自分の番組でも言っていたけど、太田光は「あの時代に自分が生まれても戦争を否定できる理屈をつくらなければいけない」と主張している。
自分が大事だと思っていたものがどんどん奪われ、自分の外で、もしくは知らないうちに内でもしきりに叫ばれている「正義」が人を殺しているという現実。
これが戦争だ。

そして、私たちが今持っている正義がもしかしたら人を殺してしまうという危険性。
私は、あの時代に生まれていたら、あの時代の正義を信じてしまうのだろうか。
もしくは、なにもできずに今なら本音で言える「戦争なんてしたくない」という言葉さえ発せなくなるのだろうか。

もし私たちが生きている間に日本が戦争をしたとして、100年後の日本人や私の子孫は、今の私たちをどう見るのだろうか。


ほんとは話したくもないし、考えたくもない「戦争」のこと。
こんなもの無くなってしまえば話しも考えもしなくていいのにといつものように逃げ腰になりそうになる。

でも、去年の今日より私の中で危機感が増している。
というより、安心感が薄れてきている。

館山の戦跡巡りでガイドさんの話の中に、日本は終戦記念日が8月15日ということになっているけど、アメリカや世界各国ではミズーリ号の調印の日である9月2日が終戦記念日だという話があった。

実際、そんなことどうでもいい。
歴史上の記録よりも、歴史上で生きた人々の記憶を私は知っていきたい。そして、つなげていきたい。


テレビや新聞などのメディアでいろいろ言われているけれど、まず自分がピンと来るような戦争に関するなにかを見つけることで自分の今の暮らしとリンクできることがあるかもしれない。

戦争については、色んな情報や気持ちや言葉が私の中でごちゃ混ぜになって、整理もできなければ、それを全て自分のこととして捉えることもできてないまま今日という日が終わりそうだけど、おおもとのところはシンプルなのだ。

私は、今、家族と一緒に暮らし、好きなところを訪れ、好きなことを話し、学び、考え、動き、食べ、歌い、描き、見ることができる。
その暮らしがあるからこそ、山谷やインドと、世界中に溢れるたくさんの問題と、そして自分と向き合える。
また、ヒトノカズダケの人たちと出会っていく楽しみもある。

こんなおもしろいこと、奪われたらやってられない。

せっかく生まれてきたんだから、戦争で苦しむことのない時代を生きよう。


  1. 2006/08/15(火) 13:44:02|
  2. NO war YES
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NO war YES


NO war YES
ヒトノカズダケ企画

輪(war)でつながるために・・「自分と戦争」について話す場を設ける。

※自分の問題として捉えることを前提とする

→NOの人をつなげる
あいまいな人をNOにする
YESに負けない
なにかの時の結束力をつける


突然だけど、あなたは、戦争をしますか?しませんか?

今なら、あなたの選択でどうにでもなります。

一人一人の自己決定が今後の日本、そして、あなたの将来への責任を負っています。

 現実問題、国際関係、国家の国益、経済活動、国際貢献・・いろんなことを抜きにして、あなた自身は、戦争をしたいですか?したくないですか?

いろ~んな情報が出ては消え、それに翻弄されて何が正しいのかいまいちわからない社会の中で、何を大事にしていくかと言ったら、それは、自分自身だったり、周りの家族や恋人、友人など大切な人たちに関わることなんじゃないでしょうか。
それを考えると、もし戦争をする国になったら、その大事なものまで奪われて、何を信じればいいのか、何を大切にすればいいのかわからなくなりそうです。


私たちはヒトノカズダケ・・という考えを基に、ブログで情報公開・発信をしていますが、戦争は、ヒトノカズダケある多様性と相性がとても悪いんです。

ヒトノカズダケいろんな考えがあるべきで、戦争をしたくない人もいるのに、国家が始めると言えば、戦争は始まってしまう。強いられてしまう。

ヒトノカズダケの思いや希望が抑圧される、「ヒトノカズダケの危機」が、日本を戦争ができる国にしようという動きの中で生まれています。


私たちは、まず、戦争はしない!戦争はしたくない!という気持ちでいる人たちとつながりたいと思っています。

一人や二人じゃ心細いけど、でも、やっぱり戦争はしたくないと思う気持ちが自分の中にあれば、その考えを持ついろんな人たちとつながりましょう。

そこから、何か私たちにできることがあれば、そのつながりを生かしてやっていきたい、そう考えています。


理想と現実は、対義語かもしれないけど、戦争をしないということは決して理想じゃないと思います。

私たちには、選択できる権利があるはずです。


まずは、日本が、気づかないうちに戦争のできる国になることだけは、どうにかすこしずつアクションを起こして、STOPさせましょう。


もし、意見・反論・疑問などがあれば、連絡下さい。
no-war-yes@hotmail.co.jp



[NO war YES]の続きを読む
  1. 2006/01/23(月) 20:32:40|
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